あの娘の胸に赤いバラ
ホロウ・シカエルボク




おそらく期限切れのアンフェタミンがもたらしたのは
誰かを執拗に切り刻む紙芝居
生温かい数グラムの血しぶきが頬にへばりつく感触だけが
この世界で唯一変動しない価値のように思えた


シェットランド・シープドッグと短いリードで繋がって
回遊魚のように公園をジョギングしていたあどけない少女のような顔見知りを見かけなくなって三ヶ月
窓際のラジオは脳梗塞で逝った父親みたいに
白い煙を吹き上げてウンともスンとも鳴らなくなった


ゴミ捨て場に廃棄された園芸用の大きなネットに絡まって
まだ目も開かない子猫が絶望していた
「ここに埋葬されるつもりか?」そう問いかけながら
持っていたカッター・ナイフでそいつの解放を試みたけど
致命的なまでに喉を切り裂いてしまったのはきっとわざとじゃない


あれは
路を打つ雨の音だったのだろうか
となりでふるえていた君の
涙のように思えたのは


時々思うんだ、この世界は
誰もが誤解し易いように造られているんじゃないかって
結構な数の人間が俺みたいに些細な瞬間を間違えて
ルートを外れていくのを楽しんでいる誰かが居るんじゃないかって


「クロス・ロードに立って」なんて
年代物のフレーズをリサイクルして
小憎たらしいことを言いたいわけでもないけど
なぁ、時々思うんだよな
人間なんて未だそんなご立派なもんじゃないってさ
周辺機器が呆れるくらい便利に設えられただけで
俺たちは相変わらず本能を持て余す獣のなれの果てなんじゃないかってね


バスルームを掃除しなくちゃ、なぁ
人間と獣の血のにおいは
少しだけ違うように感じるね


閉まりかけたマーケットに飛び込んで、濃厚なチーズとワインを買ってきたのは
きっといつまでも生温い後味が消えないせいだ
現実を凌駕して余りある白昼夢のように
べっとりとこびりついている後味がそんなものを求めさせたんだ
底なしの沼に沈んでいくような酔いの中で
おかしな時間にウェザー・ニュースを見ていた気がする
だけどそれが当たったのか外れたのか
まるで思い出せない
きっとやんごとなき事情で天候とはまるで関係のない場所に居たんだろう
なにかとても大切な用事を抱えて天気なんか気にしてられなかったのさ


左足の中指の爪を少々深く切り過ぎて
歩くたびに微量の電流が流れてるみたいだ
痛みが傷や血液を連想させるとき
ぼんやりと思い出すんだ
そう、少なくとも



昨日まではまだ生きていたんだって




自由詩 あの娘の胸に赤いバラ Copyright ホロウ・シカエルボク 2017-03-19 00:39:27
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