ビショップ
ただのみきや

あの陽だまりに置き忘れられた深い裂け目
おれの胃袋はもう紫色の朝へ停泊していた
窓から女が見えた裸のまま
微笑んでいた カメラの前みたいに
ブラインドが降りるまでの一瞬だった
おれはその一瞬でデッサンを仕上げた
カモメが降りて来る皿みたいな目に
クリームがゆるゆる溶けて
たぶん三十九度はあっただろう


昨日も八気筒の男たちがプランターを蹴とばしていた
一塊になった疑似太陽としての日没
複写された文化の粗悪なタトゥー
ジャングルの蛙みたいに美しくて
足の遅い毒薬だったけど
止められない囁きが溢れかえり
分解しようとして壊してしまう
自分だれかを見ている自分だれかがいた
切り落とされた耳は呼ぶ声を探して壁を這い
深紅の毛氈のように遥か先までがサルビアだ


朝が花瓶を灯していた
ボールが一つ
市松模様の床で迷子になっている
メキシコ人の女がラジオから歌う
そこに居るみたいに熱情は迸り
寒流と暖流はぶつかって渦巻く部屋は貝殻だ
石造りの寺院の中で見かけた子供の
針を奪われた時計の微笑みが
あなたのシャツを暗い湿気のように這い上がる


めだま鴉のクワイエットに
青空の頭蓋を内から突かれて 気が付くと
角氷に立つその腰つきにぼんやりしながら
チェス盤の上の月で指を切っていた
そっくりの白と黒に一滴のルビーを捧げたい
この二つのビショップは決して交わらない
どんなに身を巡らしてみても
逃げても追いかけても同じこと
それがルール それがゲームただ
目配せと予感 生を飲み干すその日まで



                《ビショップ:2017年3月15日》










自由詩 ビショップ Copyright ただのみきや 2017-03-15 22:31:08縦
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