風の化石 2P/10P
翼がはえた猫


風の化石 そよ風は立ち消えて
烈風に吹かれる熱砂の蜃気楼
焼けた砂岩 流砂の耀

渇きの水
雨墜ちて 土中の蛇
あるいは龍の蠢き
行き行きて海

海の旅立ち
波 ほの暗く
鐘を鳴らすわだつみ
魚の夢 海月の枕

蒼海に漂う 流木の哀しみ
絶海に眠る 閃きの双月
深海に預けた 鯨の骨
海底に触れる 大地の旋律



【波、ほの暗く】


朝霧にたたずむ海

空との境目を見失い

行き場をなくした波は

姿を消して

音だけの存在になる

こんな日にはセイレーンが現れて

魂を海底へと連れていくという

それもそうだ

どこからが海で

どこからが空か

わからないのだから

空が

海となって

魚達が飛び出していくと

銀色の鱗はたちまちに白い羽毛となって

朝霧を掻き消していく

そうして

海は海へと

空は空へと

沈殿していくのだ



【鐘を鳴らすわだつみ】


別れてしまった半身を求めて

わだつみは腕を伸ばす

届くはずのない空に

ここにいるよと伝えたくて

わだつみはないた

届かぬ腕は契りを交わすことなく

千切れて消えて

その度に

飛沫の涙が浜を濡らす

何度腕を伸ばして

何度涙を散らしたか

いつしか蒼い空は消えていて

黄昏にたたずむ静かなわだつみ

届かぬ想いを飲み込んで

泣き腫らした赤い目玉がボゥと浮かぶ

水平線の彼方から鐘が鳴る

逢いたいよ、逢いたいよ

と 呟くように



【魚の夢 海月の枕】


ぷかぷか、ちゃぷちゃぷ

ぷかぷか、ちゃぷちゃぷ

大きな、大きな湖に

満月のようなクラゲさんが

ぷかり、ぷかり

浮いています

その下で、魚さん達は珊瑚のお家でグースカピー

かぷかぷ、ぷちゃぷちゃ

かぷかぷ、ぷちゃぷちゃ

贅沢なお料理をたくさん食べる夢を見ます

そうとは知らず漂うことに疲れたクラゲさん

ちゃぽん

と 潜り、珊瑚のお家に近づきます

どうやら珊瑚はクラゲさんの枕のようです

慌てたのは

ずしり

とお家が潰れた魚さん達

心地よい夢を奪われてプンプンポコスカ

グースカピーのクラゲさんを突っつきます

けれどもクラゲさんはなんのその

魚さん達の突っつきが気持ちよくて

ぐっすり

あきれた魚さん達

クラゲさんを枕にして

夢の続きを楽しみました

ぷかぷか、ちゃぷちゃぷ

かぷかぷ、ぷちゃぷちゃ




【蒼海に漂う】


遠くの水平線の上を船が走っている

僕は高くも低くもない

山の中腹から海を眺めている

天候明瞭

気温爽快

けれども人気は全くなし

見知らぬ土地の

見知らぬ山で

僕は銀色に煌めて

白浪の腕を差し伸べる海を眺めている

嫌気がさしたのだ

人間関係のごたごた

社会のしきたりだとか

うんざりだ

もっと自由に生きたらいい

いや、生きれたらいい

仕事なんかほっぽりだした

とにかくどこかに逃げたくて

なんでか知らないけれど

海にきた

山を降りよう

海に行こう

あの煌めく銀の腕はきっと

僕を抱き締めてくれるだろう



僕の期待は裏切られた

海岸はゴツゴツした岩礁で

とてもではないが泳げない

だから、僕は足だけちゃぷりと潜ったのだ

海は 気持ちいい

潮風はそっと頭を撫でてくれる

潮騒はそっと心を慰めてくれる

しばらくしてると

何かが浮かんでいた

プカプカとペットボトル

チャプチャプとライター

なにかに邪魔されたことに腹をたて

ペットボトルとライターを掬う

それから少し見渡すと

あちらこちらに浮いている

ビニールだとか

スリッパだとか

人間に捨てられた物達

僕と一緒なのだ

憐れな物達を掬っていく

持ちきれなくなったとき

これを使いなさいと

大きなビニールが目の前に流れてきた

袋がいっぱいになって、僕はひと休みする

すると、海からなにか聞こえた気がした

お帰りなさい、お帰りなさいって

「ただいま」

それだけ言って、僕は帰ることにした

車まで戻って、海を振り向いたら

銀色の腕を振っていた気がする

会社に帰ると、こっぴどく怒られた

けれども、気持ちは爽快だった



【流木の哀しみ】


散っていった者の心を

誰も知らない

揺らぐ海原に抱かれた

森からはぐれた優しき者

寒さに震える小鳥には

翡翠の毛布を与え

腹を空かせた獣には

皮を剥いで与え

住処を捜す虫には

肉を分け与え

衰弱した

身を削る優しさに

仲間達はなにも言わない

それは本当の優しさだったのだろうか?

優しき者は枯れていく

大地を掴んでいた手のひらは

ゆるりと力を失い

ふいに

剥がれ落ちて

優しき者は

母なる海に

抱擁された

それを流離と言うのか

それとも

回帰と言うのか

漂う者

帰らぬ者の

悲しみを

誰が知ると言うのか



【絶海に眠る】


大浪の

見果てぬ夢は

夢のままで

叶うことなく存在し続けるのか

狂おしいほどに唸る大浪は

地球の枷から逃れなくて

大地の果てで

疲れ果てて

眠りにつく

凪いだ大浪の身体に移る

夜空は煌めきを一層まして

漆黒の宇宙に波をたたせる

浪の夢は夢のままで

存在し続け

眠りにつく

絶海の果てに



【閃きの双月】


月は

柔らかい

鏡を眺めていた

決して真なる自分を映すこともない

柔らかな鏡は

静かに揺すれる

暗く

寂しい処で

ヒトリ漂う月

そうして

歪んだ鏡で自らを眺め続ける

そこに映る月は

時に消えて

時に欠けて

時に自由

かのようになりたいと願う月

そうして

閃いて

融和していく

ソラと海

閃きの双月

やがて

ヒトツになって

消えていく



【深海に預けた】


月から零れた

光の欠片が

海へと潜っていく

ユル

ユラ



解き放たれた

欠片が抱く

ディアナの願い

それは何処へ向かうというのか

誰かの眼に映えることもなく

誰かに聴こえる音になることもなく

ただ

静かに降りていく



それはエーテルの還る場所



それはエーテルの産まれる場所

ディアナの願い

ただ

深海魚だけが

その柔らかさを知る



【鯨の骨】


キュィーイ

グィーィ

ヒューイッ、

 ピューイッ

百と数十年

潮流と流れていた鯨が

沈もうとしていた


キュルルー

コォー! コォー!


老いて、飾りとなった眼は

産まれた海を見ていて

どこか遠く

ヒューイ

ピュイーイ


仲間達が哭いている

海は潮流を止めて

鯨を抱いていた

コォー!

ヒュィーイ

仲間達が哭いている

応え、応え・・・

ギ、ギ、ギ、ギ、ギ

それっきり

フワリ、沈んでいく


痛覚は失われた

海の 音も 消えた

魚 達の 声も



産まれた海 

それだけが


見えて・・・




鯨は沈んでいく

穏やかな潮流に運ばれて



零度に近い深海で鯨はその形をそのまま

深海の者達へ分け与える

赤い果肉が少しずつかじられて

深海の者達の体へと還元されていく

最後の一塊が、深海生物の細胞へと変換された時

骨となった手のひらが

少しだけ動いて

崩れていく

ギ、ギ、ギ、ギ、

百と数十年

生きた鯨は

星になった



【海底に触れる】




失われた

海の底は

何も見えない

けれど、全てが見えた

水の囁きが

皮膜を通して

伝えられる言の葉

闇の中でも

言の葉は

光を放つのだ

シャワリシャワリシャワリシャワリシャワリ

水の風は

何を運んでくる

大きい、大きい!、大きい!!

あぁ、なんて大きな恵みものだ

闇は

なにも見せない

だから、鯨は海底に抱かれて

地球に

飲まれていくのだ

海底は

土の風に運ばれて

回帰していく



【大地の旋律】


幾多の~

魂が~

帰って行くのは~


そら~っ!

ではなく!


ほしぃーの

ほしぃーの

外側!




幾多の~

命が~

帰って行くのは~


うみ~っ!

ではなく!


ほしぃーの

ほしぃーの

内側!


マグマの対流は鼓動となって地殻を突き抜けて

海へと伝わる

赤い、赤いマグマは

例えるのなら

動脈で

青い、青い海は

例えるのなら

静脈で

だから、地球は、心臓そのものだ

ドクン、ドクン、ドクン


あぁ、地球よ

私を産んだ星よ

愛しき星よ

その慈しみの鼓動を

もっと、もっと、聞かせておくれ

激動の、鼓動を

命を

支えて

抱き締める

その鼓動を



自由詩 風の化石 2P/10P Copyright 翼がはえた猫 2017-03-06 03:24:44
notebook Home
この文書は以下の文書グループに登録されています。
風の化石