朝の情景
梓ゆい

雨の降る朝
赤い長靴をそろえた玄関に
少し履き潰した黒い革靴。

傘の手入れをする父は今から一人
単身赴任先の東京へと向かう。

靴を履き襟を正す
背広姿の父の横には
母の握ったおにぎりが三つ
綺麗に包まれて置いてある。

「また来週になったら、帰ってくるよ。」
ランドセルを背負い
バイバイ。と手を振る娘たちを見つめる瞳は
何故だか少し寂しそう。

惜しむ眼差しを向けていると
車のエンジンをつけた母が
電車に遅れるよ。と父を呼んでいた。

庭の片隅には
昨日咲いたばかりの紫陽花が
車に乗り込む父を送り出すかのように
花びらを玄関先へと向けている。

少し雨脚が強くなる6月の朝
おそろいの長靴を履く娘たちは
父の乗る車を追いかけて
再び大きく手を振った。






自由詩 朝の情景 Copyright 梓ゆい 2017-03-03 21:44:16
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