霜の声
梓ゆい
話したことは何一つ思い出せない。
まだ暖かな手を握っていた。
力の抜けた足を擦っていた。
家にたどり着いた後無心のまま
言われた事だけをこなし続けている。
「名前を、呼んでいるよ。」
閉じられた目のくぼみは
前よりも彫りが深くなり
組まれた手には
昨日よりも白く冷たい霜が降りている。
微かに聞こえていたはずの寝息は
耳を傾けても聞こえない。
眠り続ける父の横で
私はもう一度名前が呼ばれるのを待つ。
「名前を、呼んでいるよ。」
外の景色は
ようやく晴れた雪解けの昼下がり
父のための旅支度が
あと少しで終わりを迎える。