小さなやつらの大きな終わり
ホロウ・シカエルボク
あたしいつかあの男を殺すからね、と、いつものようにカウンターの外側でカクテルを何杯も飲み干し、口が軽くなったネシナ・エミリーはお決まりのその言葉を吐き捨てるように言うのだった、もしも近くで警察官が飲んでいたとしたらこっそり耳をそばだてるのではないかと思えるほどのリアリティで―俺はカウンターの内側で彼女がすでに注文済みの彼女の次の一杯のためにライムを半分に切りながら、出来るだけどんな感情も込めずにうんうんと頷くのだった、本当に機嫌が悪い時にはそんな頷き方にも因縁をつけてくるときがあるが、今日の御機嫌はそれほどでもないみたいだった、そんなにムカつくんなら仕事変えなよ、とそこそこの機嫌の時用のセリフを俺は口にする、説教にも嘲笑にも聞こえないトーンになるように、それだけに気をつけながら…そんなことをしちゃ駄目なのよ、とエミリーはこれまたお決まりの文句で言い返す、こんな会話に意味なんかないのだ、ただただ俺は自分の仕事をこなしているだけだ、彼女がいけ好かない男に我慢しながらピザの店でウェイトレスをし続けているのと同じように、黙々と…それにあいつ、ホラ吹きだからね、と続けて聞き覚えのないフレーズ、どうやら彼女は、その先を用意してきたらしい、だから今日は、いつもよりも御機嫌に見えるのかもしれない―あれかい、と俺はちょっとその先に興味を持って聞き返す、「人を殺した過去がある」ってやつかい?エミリーは鼻の先を突きあげて二度頷く、「あんなの嘘っぱちよ」なんでそう思う、と俺は先を促す、「あいつね、たしかにデカいけどさ、目が弱っちいのよね、あたし思うのよ、あいつきっとホモ野郎だわ」俺は思わず吹き出す、エミリーが少し眉をひそめたので、違うよ、と言い訳する「そう見えなくもないからさ」そうでしょ?とエミリーは機嫌を直す、「なんていうか、卑屈さとか、劣等感とか…あの見苦しい腹には、そういうのが満杯に詰まってるに違いないわ、あの店のクソ不味いピザと一緒にね!聞いてよ、この前だって明らかに腐ってるサラミを平気で乗せるんだから…窯の中ですごい臭いしてたのよ!あたしさすがに止めなきゃいけないと思って、言ったのよ、それ、大丈夫なんですか?って、そしたらね、中国の方じゃ腐りかけた肉ほど美味いらしいぜ、って平然と言うのよ!信じられない、だいたい、腐りかけ、なんてレベルじゃなかったのよ、あれはね、腐ってた、間違いなく―糸引いてるサラミなんて見たことある?摘んだ時点で判りそうなもんなのにさ…」俺は信じられない、という風に目をぐるぐる回しながら彼女の次のカクテルを差し出す、エミリーはそれを受け取って、のんびりと飲む間だけ静かになる…そしてもう一度言うのだ、あたしいつかあの男を殺すからね、絶対、絶対に殺すからね、と…
実際の話、俺にはそんなことどうだってよかった、ネシナ・エミリーはたまたま俺のバーの近くのピザ屋でウェイトレスをしていた一人の客以上のものでは決してなかったし、もっと正直に言うなら俺はあまり彼女のことが好きではなかった、彼女が働いている店の店長である「あの男」のことも見たことがあった、あまり人と目を合わせないやつだな、という印象以外何も残ってはいなかった、ウチに飲みに来たこともなかったし―だけど、そいつがエミリーを営業中の店の中ででかいナイフで何十回も刺して殺したってニュースを聞いた時は、さすがに驚いたね…エミリーはよほど彼の感情を掻き乱すようなことを口にしたらしい、うちに来た最後の晩に話してたようなことさ―彼女の事件を担当してた警官はこの店の常連でね、エミリーのことも知ってたからわざわざ話に寄ってくれたんだ―「いい歳した男がさ、ガキみたいにわんわん泣きながら、ぬいぐるみを殴るみたいに刺し続けてたってよ」俺は黙ったまま肩をすくめた、なにか飲むかと聞くと、勤務中だ、と警官は言って…「だけどビール一杯くらいならいいかな」と思い直した、俺はビールを入れて差し出した、警官は帽子を脱いでスツールに腰をかけた、あ、と俺はあることを思い出して、聞いてみた、「その男、前科あった?」警官はちょっとだけ笑って、殺しの話か、と呟いた、「取調室でも言ってたんで結構時間裂いて調べたよ―だけど、あいつが行ってた日付には死人どころか腹を壊したやつの記録すら、なかったな」「だろうな」「ムキになって嘘をつくと、引っ込めなくなるもんだ…そのうち、それが本当のことだとだんだん錯覚してきちまうんだな、そんな人間、うんざりするほど見てきたよ」カウンターに金を置いて警官は出て行った、下らない小競り合いなんだよな、と、俺は彼のグラスを片付けながら考えた
たまたま、おおごとになっちゃった―っていうだけの話だ。