吟遊詩人
ただのみきや

毛虫の襟巻をした男が蝸牛の殻に腰をかけている
鼻にツンとくる冷気
上着の内ポケットを弄って
煙草――かと思えば
むかし別れた恋人の
薬指の骨ひとつ
飴色の思い出を
こころなしやさしく
――咥え
太陽が雨水に跳ねた八月の心拍を
蛇腹を開いてシロ・クロ・クロ・シロ・
見開いた目もクロ・シロ・シロ・クロ・
「声を持たない吟遊詩人よ!
冬女夏草が叫んだ
「わたしは空を孕みました
「時間のヤツが意地悪く捻じれたのです
視線は粉末になって暗い流れに降り注ぐ
空白は男を見ていた
空白を男は見ていた
肺からは黄色いネンが声を纏わないまま
意思が放棄した赤錆びて膨らんだ釘を震わせて
回転させる
磁石のように
終わりのない北へ
黒い糸が続いている心臓から
毛虫の襟巻をした男は立ち上がり
歩きだす
数歩だけ
片言を誰かの耳にトクトク注ぐように
そうして躓く
優美さと不格好さに引き裂かれて
倒壊し
蟻の卵のような愛を幾つも潰しながら
それが何かわからないまま
死らしきものへ顔を埋めた
なんだかわからない遺物にあたまを割られ
吹き出してしまった
帰らない風の全てが
妖艶な微笑みのよう
かつて女だったものは空間にひねりを添え
思考しないものだけが残る
いつまでも
存在と非在の両性具有



               《吟遊詩人:2017年2月1日》








自由詩 吟遊詩人 Copyright ただのみきや 2017-02-01 21:46:18
notebook Home