罅
本田憲嵩
1
赤トンボたちが
飛行機のルーツのように飛行している
一日ごとに冷たくなる風が
透明に流れている青空の清れつさと
黄いろい木々の退廃を同時に包含している
秋の午後
パズルのピースのようにばらばらにちぎれた
みじかい溜め息と秘めた言葉の切れはしが
そのままに流されてゆく
うろこ雲がほそく連なっている
ぽろぽろと剥がれ落ちそうに
なりながら
やがて尾花のように垂れ落ちてきて
あからさまな諦めとなって
そうして、また、
ふたたびに円環する
2
この街の橋から見える海は
とても青く澄んでいて
この街の橋から見えるあかい夕映えはどうやら
世界でも三番目ぐらいのうつくしさ(らしくて)
橋をわたれば
かつて半年間だけ働いていた
あのホテルがリニューアルした装いで見えてくる
さらに歩いて駅が見えてくると
いつも駅とオレは混交する
(古ぼけた駅は オレそのものだ
目の前にひろがる大通りの店さきどもは
生ぐさい潮風で錆びついたシャッターを常に降ろしてしまっている
この街の炭鉱からかつて採れた石炭は
もはやとっくの昔に時代おくれのものとなり
それさえももはや底を尽きてしまった
オレは半ばゴーストタウンとなった街の駅そのものだ
そしてそれ以下の存在だ
なぜならばオレの許なんかには
もはやだれ一人として訪れもしなければ
降り立ちもしないのだから
きょうも人々の詰め込まれた電車が
オレのホームの前をただただ通り過ぎてゆくばかり
視えもしないものを描きたがった結果が
ついにこれなのだ
オレはかつての昭和の栄光をとどめたまま
朽ちて風化した残骸だ
オレはもはや――)
3
部屋に戻って
机の上で履歴書を書いた
履歴書はいつも嫌いだ
本当に書きたいことは
なにひとつとして書けはしない
たった一文字だって
間違えることなんて許されてはいない
胸のなかで
ひそかに降り積もっている
許されていないことそのものへの
(どうして「?」)、という素朴な疑問符、
くしゃくしゃになった
何まいもの苛立ちが
クズカゴのなかにうち捨てられて
押し込められている
机の上には
小さな四角い写真の中で
写真うつりの悪い
写真の中の自分
ありありと見せつけてくる
見たくもない現実
レールを踏み外してしまった
あのとき
罅の入ってしまったものが
拳以外にもあったのかもしれない
なぐられた顔よりも
むしろなぐった拳のほうが痛くて そうして
ひび割れてしまったままの
屋根には霧雨が頻繁に降りしきる
読みあさる詩句さえも錆びてその色彩をうしなう