扉
塔野夏子
私に向かってはずっと閉ざされている扉があり
どうやら世界と呼ばれるもののほとんどは
その扉の向こうにあるらしい
私はここにいて扉を見ている
扉の向こうにいる人たちについて思いをめぐらす
その人たちはたぶん知らない
ここに扉があることを
私は知らない
何故私は扉のこちら側にいるのか
何故扉が閉ざされているのか
扉の向こうにいたなら
違う風に感じるだろうか
空の色 星の瞬き
風の感触 鳥の声……
*
私は時折 扉の向こうへと
手紙を書く
誰が受けとるかは知らない
私は時折 扉の向こうから
手紙を受けとる
誰が書いたのかは知らない
*
私は扉のこちら側にいて
私に与えられた世界を
できるだけ深く呼吸する
そして私の脆弱な神経が許すかぎりは
扉の向こうの気配も
できるだけ感じとろうとする
*
その扉が閉ざされていることは
向こう側からの拒絶ではなく
むしろこちら側に身を置いていることに対する
祝福である
ただ閉ざされてあっても
私がそこに扉があると知っていること
それが扉であるということが
静かなひとつの意味である