マジックミラー
少年(しょーや)


本と話をしている女性が居た。

約束の時間まではまだ時間がありあまってる。
暇つぶしに何となくの気まぐれで入ったお店で、段ボールにトゲトゲした字で書かれた横書きの「大森靖子」の文字がなぜか縦向きに飾られているコーナーを見つけた。
そこには最果タヒと大森靖子の共作著書「かけがえのないマグマ」があった。
店内をゆっくり1周してからまた戻ってこようとその時はすぐにその場から離れた。
わりかし広いそのお店を1時間ほど物色してからまた大森靖子コーナーに戻ってきた。

そこに、本と話をしている女性が居た。

最初は誰かと電話でもしているのかと思った。
でも電話を耳に当てていない。
イヤホンマイクらしきものもつけていない。
隣近所に友達らしき人も見当たらない。
むしろ周囲には女性と俺の2人だけしか姿が見えない。
その女性は「かけがえのないマグマ」を左手に取り、巻末の著者プロフィールの文章を右手でなぞりながら仰け反ったり揺れたりしていた。
近くの商品を見るフリをして、そっと、そーっと、女性に近づいた。

「ファーストアルバム「魔法が使えないなら死にたい」……って、え?!死にたい?どうしたの?何かあったの?いやでも分かるかもその気持ち。あーでもなー。怖いしなぁ。なかなか出来ることじゃないよなー。ってか、そうじゃなくてアルバムタイトルはいいからどのCDにマジックミラーが入ってんのかが知りたいんだって!え、待って?!エイベックスからメジャーデビューしてるの?!ほんと?!えー、絶対ビクターとかソニーあたりかと思ってたし!でもさ、すごいよね!こんなにトントン拍子でデビュー出来てさー、こんないい本作ってさー。いいなー。いいなー。」

自分じゃない誰かの内側は見えない。
しかも、相手の名前も何も知らないんじゃ余計に内側を見る手段が無い。
でも、みんな知ったフリで内側を垣間見た気になるから人によってはその女性を見て不思議がったり、気味悪がったりするんだと思う。
「マジックミラーならTOKYO BLACK HOLEってアルバムに入ってますよ」って教えてあげたかった。
でも、その女性だって俺の内側を知らない。
下手すると怖がってその場から立ち去ってしまうかもしれない。
だから俺は、欲しかった「かけがけのないマグマ」をレジまで運ばずに静かにお店を出た。

邪魔しちゃいけない。

あの女性が欲しがっているのはTOKYO BLACK HOLEにマジックミラーが収録されているって事実ではなく、大森靖子という人物が確かに自分の追い求めるものであるという確信だから。
これ以上、あの人に歩み寄るのは、やめよう。
いつかあの人の真っ直ぐで少しだけほろ苦い愛情が、大森靖子さんのところまで届きますように。

あたしのゆめは
君が蹴散らしたブサイクでボロボロなLIFEを
掻き集めて大きな鏡をつくること

(大森靖子「マジックミラー」をモチーフにして。※一部歌詞引用)


自由詩 マジックミラー Copyright 少年(しょーや) 2016-12-27 14:40:42
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