ブルーズの夜
ヒヤシンス
冬の寒空の中、俺はとあるライブハウスに迷い込んだ。
すでにバンドの演奏は始まっている。
ステージの中央に立っているのは、かのマディー・ウォーターズ。
マニッシュ・ボーイを熱唱中だ。
ステージ横ではストーンズのミックとキースが何か耳打ちしている。
俺は震えた。何という贅沢。
観客はすでに一体となっていた。
マディーのステージが終わり、次に現れたのは何とハウリン・ウルフ。
スプーンフルで私の脳内は弾けた。
こんな幸せがあって良いものか。
次々と演奏は進む。
お次はエルモア・ジェイムス。ダスト・マイ・ブルームだ。
体を貫くスライドギター!
痺れまくりだ。
まだまだ夜は長い。外の寒さに比べこの熱気は何だ。
とりあえずバーボン、ロックで!
次に現れたのは巨漢、フレディー・キング。
スウィート・ホーム・シカゴは圧巻だ。
俺は客席最前列を覗いてみた。ググッグー。
そこに陣取っているのは、なんとジャニスにジミにブライアン・ジョーンズ。
まだいるぞ、誰だ?デュアンとオールマンズの面々。
クラプトンまでちゃっかり陣取っていやがる。
さあ、お次は誰だ?
あ、バーボンお代わり!
煙草の煙の中から出てきたのは、観客もびっくりのサンハウス。
デス・レター・ブルーズだ。時代背景どうなってんだ?
そんなことはお構いなしにサンハウスが吠える。ウヒョー、いかれてる。
立て続けに出てきたのは、ビッグ・ビル・ブルーンジー。
ヘイ・ヘイは名曲だ。やばい、よだれが。
次々現れるぞ、この戦前ブルーズ野郎達。
ブラインド・レモン、ブラインド・ブレイク、あれあれベッシー・スミスまで。
煙草を分けてくれ、バーテンダー。バーボンも忘れるな!
人々の体臭と煙草の煙、酒の匂い。そろそろ今夜の大トリの登場か?
ステージの椅子にゆっくりと腰かけたのは驚くなかれロバート・ジョンソンだ。
ミー・アンド・ザ・デヴィル・ブルーズ。そしてクロスロード!
クラプトンが食い入るように見ているぞ!
最後の曲は俺の大好きなラヴ・イン・ベイン!!
ステージは終わった。観客は誰もが熱に浮かされている。
俺もすっかりご機嫌だ!
何てことだ。こんな近くにとびきりのライブハウスがあるなんて。
これは夢か幻か。いいや、どっちでも。俺はきっと病んでいるのだ。
夢でしか会えない人達をこの目で見たのだ。
俺はきっとものすごく幸福だ。
扉を開けて外に出ると相変わらずの寒空だ。
すっかり熱気した体に毒だな。
もっとも今晩出会ったもの達全てが毒なのだ。
二、三歩進んで俺はもう一度ライブハウスの方へ顔を向けた。
そこにはライブハウスなど欠片もなかった。
ある冬の晩の出来事だった。