カメレオンの脳味噌
ホロウ・シカエルボク
幻聴にぶっ飛んだ俺は、ディナーの後のデザートにカメレオンの脳味噌を喰らう、それがどこかで食されているものなのかは知らない、寄生虫や、ヤバい菌があるのかどうかも知らない、とにかくカメレオンの脳天を掻っ捌いて千枚通しで穿孔し、ストローを突っ込んで啜りあげている、カメレオンの脳味噌は酸っぱい臭いがするが、食感はグミのようでまずまずだ、カメレオンの脳味噌はあっという間になくなってしまう、きっとそうだと思って2、3匹眠らせてある、でかい目の生きものが眠っているさまは限りなく死に近い光景のように感じる、それはこの俺が彼らの運命を終わらせてしまうせいなのかもしれない、脳天を穿孔して(カメレオンは一瞬だけ痙攣する)脳味噌を啜りあげる、それはやはり酸っぱい臭いがして、食感はグミに似ている、2匹目で少しもういいかという気分になりかけるが、といって生き残ったものを飼育する気などない、用意した分はすべて喰らおうと決める、満腹になるようなものでもないし…すべてをそうして食いつくした時、カメレオンの脳味噌は俺に語り掛けてくる、いや、俺の中でモノローグを始める、「色を変えることが出来る生きものは多い」「だが我々のような生態でそれが出来る生きものはあまり居ない」俺は話しかけてみるが返事はない、あくまで彼らは彼らの好きなように話しているだけなのだ、「変化が必要なのだ」と彼らは言う―変化か、と俺は思う、カメレオンの変化は俺たち人間に例えれば、態度のようなものだ、保護色の代わりにこびへつらいがあるのだ、俺はそんなことを考えた、「そうだ」とカメレオンの脳味噌は言った、俺の考えは彼らに届いていたのだ、「生きものを喰らうことは大事なことだよ」と彼らは続ける、「ある部族には遺族の身体を喰らうという風習がある、それは彼らの魂をより深く理解しようという気持ちの現れだ、我々は仲間を喰うことはあまりないが、基本的に生きているものを喰うか、生きているものに喰われるかだ、人間は生きているものをそのまま喰うことなんてあまりないだろう―喰ってもサカナとかそういうものぐらいだろう―そういうものでは駄目なんだ、どうしてかって?サカナと人間では身体の成り立ちがまるで違うじゃないか?似ているものを喰わないと駄目なんだ、そういう意味では我々もあまり完璧ではない、だが我々の成り立ちでは虫やなんかが精一杯なんだ―人間はもう少し頑張れるはずさ、さっきまで生きていたものを捌いて喰う、いまだって、そんなことをしている人間はたくさん居るだろう?そいつらはマーケットなんかで食料を買っているものたちよりももっとたくさんのことを知っているよ…そこに生きものの鼓動があるというのが大事なんだ、鼓動の残響を聴くとでもいうのかな、そういうことがさ」カメレオンの脳味噌はそこまで静かに語ると突然クスクスと笑い始める「しかしまあ、あんたは変ってるな」「我々も頭に穴を開けられて脳味噌を啜られたのは初めてだよ」「美味かったか?」そんなでもない、と俺は答える、美味いというよりは、面白かった、と―カメレオンの脳味噌は意味ありげに唸る、「そういうことだよ」「我々が保証する、あんたは我々の脳味噌についてはどの人間よりも詳しい」それって大事なことなのか?と俺は尋ねる、当たり前だ、と彼らは答える、「もちろん、これがすべてではないよ、あらゆることにこうした、少しずつの気づき、経験が存在する、その積み重ねみたいなものがきっと大事なことなんだ」「人間の寿命が凄く長くなったのは経験を蓄積するためさ」「人間の脳味噌が複雑なのはそうした経験から何かを導き出すためなんだ」「我々は遺伝子の中で知り得ることを調整して少しずつ進化していくことしか出来ない」「人間は生きている間にそれを何度も繰り返すことが出来る」カメレオンの脳味噌は少しの間沈黙して、また話し始める、声のトーンが少し重いものになる、「進化から逃げちゃ駄目だ」「いまあんたの中にある確信はいまを生きるためのものに過ぎない」「それはいまが過ぎれば何の意味もないものになる、いや、本当にそうなるんだ」「生きるのに確信は必要ない」「必要なのは変化を受け止める姿勢だけだ」そしてカメレオンの脳味噌は突然欠伸をする「そろそろお別れのようだ」「あんたと話すことが出来て楽しかったよ」「変わった喰らいかたをしてくれてありがとう―あの世で自慢出来るよ」そうしてカメレオンの脳味噌はいなくなる―現実に戻った俺はどうしようもない吐気に気付く、流しに駆け寄って嘔吐する、長く、長く―細い、赤茶けた液体が蛇口から溢れる水に巻かれて排水口へと流れ落ちていく、それがようやく収まった時、俺は口を濯ぎ、排水口に向かって詫びる
「悪いな―流れちまった」