扉の向こう側
小川麻由美
私は、いかにも農家の家と言える灰色の瓦屋根の実家にいる。
庭に出てみると、白壁の土蔵の蔦に絡まった美しい男性がいた。
死んでいると思いきや、ビクッと動き私は驚いた。
その動きたるや、金粉を撒くような美しさである。
なんでも、突然私の兄が現れたと父は言うのだ。
その兄は、何がしかの障がいがあり、父母は途方に暮れていた。
私はその兄を気に入りもっと兄の事を知りたくなった…
聖セバスチャンの耳元で、兄の事を聞いてみるのも得策かもしれないと思い、
それが可能なのかさえもわからないが、そうしてみたいという程、私は混乱していた。
庭の横の扉の向こうが気になり開いてみると
そこに木々と池のある日本庭園の風景が広がった。
上流階級らしき婦人達が身分の高い方が好きな庭園だから観に来たと言うのだ。
揃いも揃って、貴婦人達は厚化粧である。
特に紅などは、ピジョン・ブラッドの色で
指輪までピジョン・ブラッドのルビーを付けている。
鳩にとっては、いい迷惑かもしれない。
一本の矢が刺さった鳩がいた。
それこそ、聖セバスチャンの耳元で、矢について聞きたくなった私である。
厳密に言えば現実世界に一本の直線は存在しない。
しかしながら、直線を表現したいと思った私は
母校の小学校へ赴き、体育倉庫から無断で道具を拝借し
石灰でもって、グラウンドの端から端まで慎重に直線らしきものを引いた。
額を拭い後ろを振り向けば、渇ききった土に引かれた石灰は
空気の動きである風によって、宙に運ばれて行く。
直線の存在についての儚さを表現できたと感じた私は
危うい位置に居る、聖セバスチャンの耳元で、存在について聞きたくなった。
存在に思いを馳せる恐怖もしくは安堵感を味わった私であった。
*初めて書いた詩『扉』を、かなり文字数を増やし改稿してみました。