neighbors
ホロウ・シカエルボク
おれの素晴らしき我家の隣には狂人が住んでいて、朝から晩までこちらの暮らしに聞き耳を立てている、頭を掻く音、鼻を掻く音、耳を掻く音、歯を磨く音、すべての音に文句を言って、それでまともだと思っている、おれのパーソナルコンピューターの画面をどういうわけか覗いていて、おれが閲覧しているものに猥褻な要素があると当然のように文句を言う、覗いている自分のことはなんとも思わないらしい、便所に入れば糞小便の音に耳を澄ませ、屁の音が五月蠅いだの、パンツを穿きなおすときに肘が壁に当たる音が五月蠅いだのと文句を言う、そしてそれを正しいことだと思っている、覗いている自分のことはなんとも思わないらしい、こうしてワードに向かってなにかと打ち込んでいると、タイプ音が五月蠅いと文句をつける、そしてそれをまともなことだと思っている、小腹が空いてコーンフレークに牛乳をかけて食べていると、コーンフレークを噛む音が五月蠅いと文句を言う、そしてそれをまともなことだと思っている、食い終わった食器をシンクに置けばその音に文句をつける、水を流せば文句をつける、何かしら不具合があってなかなか火がつかない給湯器を操作していると文句を言う、皿を洗うと当然文句を言う、風呂に入ると椅子を出す音に文句を言う、いつまで身体を洗っているんだと文句を言う、そしてそれをまともなことだと思っている、とにかくそうしてひがな一日、こちらが何をやっているのかと耳を澄ましている、そしてそれをまともなことだと思っている、携帯電話の着信音に文句をつける、当然電話の内容にも耳を澄ましている、おれの家より倍は広い家に住んでおきながら、つねにこちらの壁の近くにいる、夜には布団を敷く音に文句を言い、寝返りでシーツが擦れる音に文句を言い、寝息に文句を言い、小さな音で流している音楽に文句を言い、そんなことを朝までやっている、いったい、いつ寝ているんだろう?部屋の引き戸の音に文句をつける、猫が階段を下りる音に文句をつける、そしてセックスに聞き耳を立てている、そしてそれをまともだと思っている、シャツを一枚脱いでスクワットをしているとオナニーをしていると勘違いをして文句を言う、ストレッチの時に使う携帯のタイマーの音にも文句を言う、要するにまともな人間のまともな暮らしのすべてに聞き耳を立て、すべてに文句をつける、そうしてそんなことをしている自分がすでにまともではないことに未だ気づいていない、おれの素晴らしき我家の隣には狂人が住んでいる、どういうわけか他人の生活に首を突っ込む権利があると思い込んでいる、もちろんそんな権利のある人間などこの世には存在しない、普通の会話に耳を澄まし、掃除機の音に耳を澄まし、爪切りの音に耳を澄まし、爪やすりの音に耳を澄まし、そば殻枕のジャリ音に耳を澄まし、胡坐の脚を組み直す音に文句をつける、スナックを食べる音に耳を澄まし、ゲームのコントローラーの音に文句をつける、そしてそれをまともなことだと思っている、覗きをしている自分のことは気にならないらしい、そうしておれはおれのディスプレイを覗いている狂人のために、そいつをネタにしてやろうと考えてこれを書いている、この世界には他人を巻き込むことでしか自己主張出来ない、そんな哀れな連中が溢れている、そうしておかしな主張を(なんの進歩も発展もない主張を)少ない言葉でだらだらと繰り返すうち、自分自身がどんどん疎かになる、もはや常識など何の役にも立たない、誰か余った凶器をくれ、そいつで適当に始末をつけてやる。