炭化の街
ホロウ・シカエルボク
臓器がこむら返る、死後硬直の午後に
角膜の隙間に潜り込んだ不協和音を
爪楊枝でこそぎ出したら視界が赤く染まった
軟膏を塗りこんだらお陀仏だ
世界は白濁して
オープンリールフィルムのようなノイズに包まれている
強姦目的の男の一物を小刀でむしり取った乱暴な少女
男はその後橋から飛び降りて死んだそうだ
「被害者」の少女は加害者の親族に恨まれたが
自分の正義は頑として曲げなかった
「なんなら私を殺しに来ればいい」
小刀をちらつかせてにやりと笑ったとさ
一匹の子犬が繁華街の外れの
とうに潰れたレストランのポリバケツを漁りたがっている
近所のやつが勝手に捨てたゴミが入っているのか
それとももっとヤバいものが中で腐っているのか
ともかく子犬はそのバケツに並々ならぬ興味を抱いている
だけど背伸びしても飛び上がっても蓋には届かず
子犬の体当たりでもポリバケツはピクリともしない
昨夜また売春婦が殺されたんだってね
ほら、市場の向こうの
何年か前にタロット占いをやる喫茶店があったあたりの道路さ
犯人はそこいらの商社のヤリ手で
凶器のナイフを持ったまま死体のそばにずっと立ち尽くしていたそうだよ
そこら中血の海でさ
集まった野良猫が何匹か
美味そうにその血を舐めていたそうだよ
殺人現場からもう少し先に行くと
今にも崩れそうな酒屋の廃墟があるのを知ってるか?
そこは昔かみさんの居ない父娘が住んでいて
父親は子育てが上手くなくてさ
娘はそのうち家出しちまって
父親は十年だかそこで一人で暮らしていたんだけど
娘との暮らしが壊れたことをずっと悔やんでいて
ある日倉庫のでかい梁で首を吊って死んでいたって話だよ
本当のことかどうかは知らないけどね
真昼ほども空が瞬いた流星群の夜に
行方をくらましちまった友達のことを思い出す
父親の借金が原因だって話だった
知らずに遊びに行ったんだ
そいつには年の離れた弟が居てさ、まだよちよち歩きの
あとから居なくなったって聞いた時
真っ先に思い出したのは
玄関に放置されたその子の玩具だった
押して歩く賑やかな車とかさ
ああいうのってあっと言う間に
埃にまみれてくすんじまうんだなって
あの路地で一人、あの家で一人
向こうの河原で一人
この街のパズルは失われたピースが多過ぎて
子守歌が年代物のクローゼットで化石になってる
パパは娘みたいな年頃の女を追い回し
ママは白粉で化けて息子みたいな男を揶揄う
とある家の男の子の夏休みの絵日記は
たった一人で遊んでる絵ばっかりだったってよ
ある殺人者は聖書を好んで読んだそうだ
お祈りの時間に牧師の些細な間違いを静かに訂正したってさ
牧師も即座に頭を下げて彼に感謝したそうだ
そんなたった一度の出来事で
彼らの間には友情が芽生えたってさ
幾年か後にそいつが死刑になったとき
牧師はすべてが終わった後のそいつの墓地に一人で出向き
長いことなにかを語りかけていたそうだ
それは聖書を開いて語るような話ではなかったってさ
空地があってさ、それは昔そこそこ大きなショッピングモールがあったところなんだけど
長いこと廃墟のままで放置されたあとでようやく取り壊されて
やたらとだだっ広いなにもない空間になったんだが
いつもそのあたりをうろついていた精神異常者がそのころから
まるで姿を見かけなくなったんだ
年のころは俺と同じぐらいで
太った挙句脂肪が全部下半身みたいに垂れ下がってる男なんだけど
この前港の方でばったり会ったのさ
俺は彼のことを嫌いじゃなかったんで
最近向こうの方には行かないのかい、と軽い調子で聞いてみた
そいつなんて言ったと思う?
「あそこには死神が居るから」
って言ったんだ、冗談じゃないぜ
俺の婆さんが昔、あの場所で同じことを言ったんだ
そしてそれきり二度と近寄ろうとはしなかった
臓器がこむら返る、死後硬直の午後に
角膜の隙間に潜り込んだ不協和音を
爪楊枝でこそぎ出したら視界が赤く染まった
軟膏を塗りこんだらお陀仏だ
世界は白濁して
オープンリールフィルムのようなノイズに包まれている
この街のパズルは失われたピースが多過ぎて
子守歌が年代物のクローゼットで化石になってる
いつかあの空地にこの街の死をすべてジェンガのように積み上げて
真っ黒い炭になるまで燃やしちまおうじゃないか