身辺雑記2016.11.11
青木怜二
胸の空隙に溜まる、波と粒のあわいにある何かを持て余しながら歩き
109を左に折れて道玄坂を登る、此処も午前中は人通りが疎らだとこぼす意識の表面下に
点滅する実家の猫のまろやかな緑のまなざし、日に当たる豊かな毛並みにふれて
流れる綿雲、都市の上にも冬空は高く、真っ青だ。
エクセルシオールの卓上に広げた参考書、不動産登記法上巻のテクストの端に付された条文番号を
たどる指先、手繰る六法、落ちた視力を補うための凝視に発火する私のニューロン・クラスタは
どんな星座を描くのだろう、だがそれも無数の誰かがなぞったかたち
私はすでに用意されたものの恩寵に生かされているにすぎないのだと
脱線した思考を中断し、程よく冷めたカフェラテの面にまだ残る泡を啜る。
耳を塞ぐ。そうすると血の流れる音がよく聞こえて、それはきっと亡き祖父の
立てるいびきなのだという妄想が五年ほど前からあって思い出すのは
死の前日の断片的な独白。満州、鉄砲玉、「悠久の大義に生きる」……。
白髪を短く刈り上げ、常に社交的な笑みと無難な会話を好んだ彼の意識の基底に刻まれた呪いは
ついに、すべては語られることなく、お茶を濁して葬られようとしたが
私は今も尾を掴み、離さないでいる。血の底にあるそれを、骨に刻むように
じいちゃん、あんたの縋った呪いは俺が生きるよと。
黒いデニパンのポケットの中で9時30分を告げるスマホの振動、学校の自習室は開いたのだろう。
とりあえず、この章まで終わらせたら移動しよう、私はきっと
私のなかの詩人を殺し続けながら詩を書き続けるだろう、文脈を違えて
継がれた「悠久の大義」はこの資格の先にある生業でしか果たし得ないから。そういえば
同時死亡の推定、なんて民法の相続関連でやったなあ、なんて。