砕け散った
葉月 祐
冷たい指先から
ありもしない温もりが
すべて消えていくようだった
愛用していた
小さなティーカップは
一秒もしない内に
床への着地を成功させる事も無く
繊細な細工の施されていた器は
その形を失い 砕け散ってしまった
温もりを失った指先は
じわりと湿り気を帯びている
言葉も出せなかった
涙は出なかったが
動揺し 微かに震える両手に
嫌な手汗が滲んだ
暖かみの感じられる
木目の床の上に広がった
普段は熱々のコーヒーや
綺麗な模様に隠されている
陶器の破片の本来の色があらわになり
それが足元に描いた小さな銀河
ほんの数秒の事だったが
薄ぐらい照明を吸い込んだ
その破片で完成した名も無い星座に
見とれていたのだろう おそらくは
別に一点ものではない
探せば同じものは
いくらでも見つかるはず
割ってしまったその器に
注ぎ込むはずだった
入れたての大好きなコーヒーの香りは
悲しみの深みを
増していくばかりで
行き場を失ってしまった
黒い液体の真横で
ケトルの中の熱湯が
溜め息を吐き出したように感じる
同じなら何でも良かったんじゃない
昔から隣にいてくれた
わたしのすべてを分かち合ってくれた
そのティーカップでなければ
ダメだったのに
もう一度
砕け散った欠片を見やると
わたしの鼻は
コーヒーの匂いを感じられなくなっていた
ケトルの横で
温もりと香りの失せていく
サーバーの中のコーヒーの気配を
確かに感じながら
わたしはただ 茫然としていた
温もりだけが消えていくのが わかる