いけてる
もり



いけてる おばあちゃんでした
特筆したエピソードはない
けれど

名前が 池 てる

唯一無二の
おばあちゃんでした

寝言でドロボー!と叫んで
夜中におふくろを
震え上がらせたり
田舎からひとり東京へ
おれを訪ねて
来たこともあったね
エスカレーターでは右側で立ち止まって注意されて
デパートでは方言丸出しで
通訳するハメになった
大荷物の中身は マグロ サーモン カツオ イカ タコ うつぼ
より取り見取りのお刺身
「身体だけは気いつけよ」
と何度も言った
音痴だけどカラオケ教室へ通って カセットテープの歌声をいつも聞かせてきて だんだん上達してきて だけど2人でカラオケに行ったときは 結局
字幕に追いつけなかったね
軽トラに 犬と 鍬を積み込んで
たけのこ掘ったね
雑草引いたね しんどかった
いつもいけてる
おばあちゃんだったよな

そんな おばあちゃんの死さえ
すぐさま詩にしてしまう
自分に もうひとりの自分が
唖然とした
薄情! 不謹慎!
わかんない
わかんないよ
この一年 病院で介護の職に
つくなかで
人が死ぬということに
あまりにも接近しすぎた
死、そのものに
細胞があって 皮膚があって
皺があって 産毛が生えてて
「死は生きている」
実体を知ってしまったから

死に瀕しているひとが
求めるのは
健康であり 酸素であり
水であり 時間であり
家族であり タイムマシン
大多数の人に
詩は必要ない
その圧倒的事実を
目の前にした おれは
線香より先に
詩をあげることに決めたんだ

詩は
地震も 津波も
戦争も 時計すら
止められやしない
でもね
それでもね
詩はひとを救う
70億分の1でも
今のおれが そうなんだ

霊界と交信できる方
もり、いや、
ゆうとは
今を生きている と
臨終の床で
詩を耳にする その日まで
あなたをいつまでも
忘れないと そう
お伝え
願えますか?


自由詩 いけてる Copyright もり 2016-11-04 21:24:59
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