森の教会にて
ヒヤシンス

 
 物語はいつも唐突に始まる。
 ある日の僕は緑の森の中にいた。
 突然の驟雨をやり過ごし、気が付くと教会の前に立っていた。
 初めて自分のもの以外の神の声を聴いた。
 それはまるで音楽のようだった。
 天使に促されるかのように教会の中に入った。
 正面に木の十字架が見えた。
 一番前の席で外国人の夫婦が静かに祈りを捧げていた。
 僕は一番後ろの席に座った。
 音楽のような神の声は続いていた。
 この厳かな午後のひと時に心は満たされてゆく。
 ステンドグラスの窓からは午後の柔らかな日差しが差し込んでいた。
 人の心なんてこのような出来事だけで穏やかになってゆく。
 不思議だ。
 見ず知らずの他人に絆を感じて、
 日々の苦しみが薄れてゆく。
 森は教会を包み、僕らは教会に包まれている。
 宗教を超越しているようなこの感覚。
 僕の魂は今この空間を浮遊している。
 浮遊する魂が静かに浄化されてゆく。
 そして清らかな魂は僕に戻る。
 そして僕は今日を生きる力を手に入れる。
 祈りを終えた夫婦がこの教会を後にする時、
 僕の方を向き、軽く微笑みかけた。
 僕も微笑み返した。決して重たくならないように。
 いつしか音楽はやんでいた。
 天使も神のもとに帰ったようだ。
 それならば、僕も家族のもとに帰ろう。
 教会を出ると森の木々は鮮やかで、
 僕を迎えてくれている。
 さっきまで気付かずにいた。
 美しい晩秋のこの土地に冬が迫っている。
 そして一つの物語は唐突に、とても唐突に終わるのだ。


自由詩 森の教会にて Copyright ヒヤシンス 2016-11-04 05:47:30
notebook Home