横須賀の駐車場がみる廃屋のゆめ
田中修子
わたしに命をふきこんだのは
横須賀の廃屋のようなうちに猫と車と住む
がんこなかんばん屋の男だった
かんばん屋と猫と車はそのうちで
消えたがる女をなんにんも生かし
わかれをつげてきたという
かんばん屋が付き合ってきた女たちの中でも
いちばんの消えたがりのわたしは
そこにいちばんながくいついた女だった
ドアは壊れていて誰でも入れるから泥棒は素通りする
お勝手の菊の模様のすりガラスは割れていた
床は腐っていて踏み抜きそう
たたみはひざしにやけすぎてあまいにおい
風呂はとうに壊れてシャワーがぎりぎりつかえるだけだ
雨が降ればうちのなかにも雨が降る、風が吹けばうちのなかにも風が吹く
夏には裏の崖からのくずの葉にのまれてしまいそうで
秋にはふたりしてほっとしたものだ
なつかしくまずしくいとおしく
なによりかんばん屋のくちぐせだった
「たのしい」
がつまるうち
いつかわたしの魂がかえるのはあのうちへ
かぎしっぽの猫はひたすらねむりつづけるわたしのまたぐらで毛たんぽになり
水色の大きい目の車が海の見える贅沢なスーパーへつれて行ってくれた
あのうちはもうない
わたしがすてさせて
駐車場になってしまっている