ひとつ 夜音
木立 悟






死も生もなく笑む波を
取り囲んでは光の渦の
散らばる視線を集めて白の
ひとつの樹にだけ降る午後の水


二重の種子の太陽
淵に滲む光
数倍 数十倍にふくらみながら
抗いながら 鼓動しながら


魚の群れのなかに
ひとり立つ鉄の魚
鹿の足跡 鳥の足跡
風に飛ばされそうな空に置かれた
重しのような新月たち


昼の色に浮かぶ山々
さらに向こうを照らす雨
鉛に 鉛に
動かぬものらをかがやかせてゆく


川の空を見つめる影
移動動物園が去った後の空地
崖上の鉄像
近づく雨 近づく雨


何年も行方の知れない友の名前を
深夜の埠頭で呼びつづけた
その応えがふいに降り 去っていった
霜が屋根に記す文字
朝には消える物語


ここに降り来る
ここから去る
鉛 声 水 陽 渦
樹から手のひらへ落ちる午後を
夜は見つめつづけていた























自由詩 ひとつ 夜音 Copyright 木立 悟 2016-10-28 20:08:37
notebook Home 戻る