キーボードがみえにくい
天野茂典


   仏壇に父の写真が飾ってある
   テナーサックスを持ったブロマイドだ
   父の33回忌は終わった
   母が庭に咲いているミモザの花を切ってきて
   飾ってある
   そとはもうたそがれで
   キーボードがみえにくい
   雪の降る日にバケツ半分ほどの血をはいた父
   救急車で運ばれた
   父の辞世の言は「うみがみたい」だった
   家族でよく江ノ島に行った
   ぼくは遠浅だと思った波打ち際にちょっと深いところがあって
   背が立たなくなり
   溺れかけた
   海は怖いと思った
   海を見たいという父の夢はかなわず
   入院3日後に肝硬変で死んだが
   ぼくは父が好きだった
   海を見せてあげたいと思った
   懐かしい江ノ島の海へ
   黄色いミモザの花咲いている
   お雛様も飾ってある
   母の部屋から出てきて
   ぼくは死ぬときなんというのだろうか
   考えた

   父はテナーサキソフォン奏者ではない
   トランペッターだ
   なぜ楽器を変えてブロマイドを作ったのか
   聞くのを忘れてしまった
   でももうすぐ父と会えるだろう
   その時聴こうと思う
   おそらくカッコいいからだ



           2005・03・02


自由詩 キーボードがみえにくい Copyright 天野茂典 2005-03-02 17:19:14
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