水の簾
白島真

    

水のすだれがそこかしこに垂れ下がっている夏の部屋に居て、ぼくはもうあの郵便配達夫が来ないことを知っている。ぼくの胸のなかには白い綿毛のようなほわほわした生命体がいつも棲みついていて、手紙のように詩を書き、詩のように手紙を書くときそいつは言葉の透明度を勝手に測ったりする。ぼくの許しも得ずに。
波に沈んだ難破船で羅針盤だけが動いているように、奴は死んだ者たちにぼくの言葉で勝手に手紙書いたり、美しい銀河の連弾を装って一台のピアノの暗い譜面台に長い休止符を置いたりする。
その時ぼくは一行も文字が書けなくなる。

余計なお世話だといつも思うのだが、胸に言葉のナイフを突き刺して奴を取り出すのはもう何度も詩のなかで失敗している。胸の中から溢れ出る言葉だからどうも先読みされてしまうらしい。
夕陽が美しいとぼくが感じてしまう前に早目の夕食をふたりで済ませ、きみは食べ残した魚の尖った骨でぼくの胸を一突きにしていい。
驚いてぼくの胸から奴が飛び出してきたら、最後のトドメを刺す一言だけは忘れないように。
「愛している」とただその一言を投げつけてやれば、「そんな言葉にはだまされない」と言って、すごすごと退散していくはずだ。奴が嫌いな言葉は愛だの平和、博愛、尊敬、人格者、聖職者など薄汚れた言葉たちであることをきみもよく知っているはずだ。
そのうちどこかに新しい宿主を探して消えていくだろう。より愛してくれない宿主を探して。

あ 郵便配達夫の話だったね。彼の故郷は勿論、宛名差出人不明の白い封筒のなかだ。
世界ではここ数百年、宛名不明、差出人不明の手紙が同じところをぐるぐる回っている。
それも何万、何億通とあるらしい。ぼくがあしたきみに書く手紙もきっと届かないだろう。
その配達夫がこころのこもった手紙はみんなどこかの惑星の黒い草原に埋めてしまうからだ。

きのうもあの人影のないさみしい埠頭から、愛の手紙が船便で大量に積み込まれたようだ。
そこにはあいつが勝手に書いた死者への手紙も混じっているに違いない。




自由詩 水の簾 Copyright 白島真 2016-09-28 07:54:18
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