ナイト・オブ・ザ・リビングデッド(温か過ぎるけれど)
ホロウ・シカエルボク
赤いワインが煌びやかな床に散らばって薔薇の花弁に擬態する乱痴気騒ぎの挙句、飲み過ぎた女は吐瀉物を喉に詰まらせてストレッチャーの上で冷たくなった、天国への階段は上れない、地獄の穴へ真っ逆さまさ―それから少しの間は皆正気に戻ったけれどそれもあっという間だった、そのうち酒なんかで騒いでたからいけないんだと誰かが言い始め、白い粉があちこちで啜られた、奇声が上がり―便所じゃ嬌声が上がり―誰かがロシアン・ルーレットやろうぜと叫んでオートマチック銃を手に取り、こめかみに当てた、あっという間で、周りの連中もすでにポンコツだったから止めようがなかった、それはまだ二十歳そこそこの淡いブロンドの男で、なぜどうして自分がこうして死んでいるのか判らないというような表情を浮かべていた、スティーブ・ジョーンズの妙に生真面目なロックン・ロールがフロアーに鳴り響いて…銃声すら誰かの放屁かと思われて終わりだった、皆面倒臭がってもう通報なんてしなかった、「窓から放り出しておけばいいじゃない!」と無能なシンディ・ローパーみたいななりの女が叫んで、そいつはいいアイデアだと皆が乗っかった。フロアーの窓は少し高いところにあったけれど、皆で力を合わせて―その夜はなんせ週末で沢山の人間で溢れそうだったから、バタバタしたけれど最終的にはなんとかなった、窓の外は薄汚い川が流れていて、淡いブロンドの男が着水する音がちょうど曲と曲の間に聞こえるとみんなニューイヤー・パーティーみたいに盛り上がった、すぐに次の曲が流れ、あっという間に皆そんなことは忘れた、トイレでことに励んでいた薄汚い配管工と誰でも構わないそばかすの女は、二人してオーバー・ドーズで悶え苦しんでいたが、たまたま小便に立ち寄ったやつらも誰も彼らの危険に気付くことが出来なかった、ひとつだけ鍵のかかる個室で男と女がぜえぜえ言ってりゃ致し方ないことだ―俺は自分をここに引きずり込んだ幼馴染の姿が見えないのでウンザリしながらジャックダニエルをストレートで流し込みエアロスミスに合わせて身体を揺らしていた、量を心得てる数人だけがフロアーで確かなダンスを踊り、他の連中は皆前衛舞踏さながらのたうち回っていた、今夜は特別上等なやつが入るからって、連中のテンションはハナからぶっ飛んでいた、俺の幼馴染も今頃どこかで転がっているはずだった―かわいい女の子と一足お先に天国に行ってなければ―そんなところでたったひとり小さなテーブルに飲物をあずけて音楽を聞いていると世界でただひとりの人種になった気がして、でもこんな連中の輪の中に入るくらいならそんな孤独は心地いいくらいだった、音楽はツェッペリンに変わり、ロバート・プラントの声を受けつけない俺は顔をしかめた、フロアーは盛り上がっていたけれど…こんなところで踊っている連中が上物なんか入れるべきじゃないんだ、どんなことにも分というものがある、見極めが利かないやつらはどんなところでもこうして暢気な絶望のように転がるだけだ―と、冷めたふうを決め込んでいる俺も飲み過ぎていた、なんせ飲んでいるしかやることがないのだ、グラスをカウンターに返して店を出ることにした、どうせ連れは前後不覚だ、俺は今日たまたまあいつに捕まっただけで別にあいつの世話係じゃない、粋がりたいだけの金持ちのおぼっちゃんなんか相手にしてたって仕方がない―グラスを返すとバーテンがなにか言った、ジミー・ペイジが調子に乗っているところだったので俺にはまるで聞こえなかった、肩をすくめて聞き返さずにそこをあとにした、店の重いドアを開けるとむっとする空気がブランケットのように身体にまとわりついた、雨は上がっていたが雨雲はまだこの街に未練を残していた、いま何時くらいなのか、この街の夜じゃ時間を知ることも困難だった、少なくとも午前にはさしかかっているだろう、あの店に潜り込んだのは確か二十三時を過ぎていたから―どこかのダイナーにでも入ってコーヒーを飲んで壁に掛けてある時計が正確かどうかに賭けてみるしかない、別に時間なんかそんなに知りたいわけでもなかったけれど、いま気になることがあるとしたらそれ以外にはなかった、選択肢が少ないのならそれを選ぶしかない、少し歩いたところに昔からやってる店がある―入ったことは一、二度しかないけれど―あそこの小人みたいな爺さんなら、少なくとも時計を合わせていることだけは期待出来る、俺はダイナーを目指して歩いた、途中で小さな橋を渡るとき、川底にさっきのロシアン・ルーレットの成れの果てがうつぶせで沈んでいるのが見えた、腐敗する前に朝になって、引き上げてもらえるさ、俺はなんとなくそう話しかけた、やつがそれをどう思うかはまた別の話で―夜明け前の街は人生をまぼろしだと感じるにはいい時間、報われない連中が夜をうろつくわけは、きっとそんなまぼろしを心から信じたいと、どこかでそう願ってるせいなんだ。