文学極道と国境
天才詩人

文学極道をめぐる今ひとつの大きな疑問は、文極は今後も戦い続けるべきなのか?ということだと思います。文学極道発生当時のとりあえずの目標は、良質な詩や散文作品をネットから発信して、紙媒体の詩壇の「権威」を相対化しつつ、「ネットの詩サイトはゴミだらけだ」という一般的な誤解を粉砕する。このあたりにあったと、僕は理解しています。

ある人は、文学極道開始12年を迎えて、この課題はすでに達成されたと発言しています。文極のトレードマークにまでなったあの「戦闘」的な姿勢はもう時代遅れのものだとも。しかしながら、私的には、ダーザインのアジテーションや檄文が文学極道のテーゼとしてワイヤードに浸透するなかで、そこにもう一つ看過できない課題が浮上してきたように思われます

それは「詩」というジャンルそれ自体を根本的に再検討する、というテーマです。ただたんに「詩」ではなく、敢えて「言語藝術」「藝術としての詩」という言い方を前面に出すことで、ダーザインは「詩」とそれ以外の広範なジャンル、とくにアニメやポップソング、映像や写真、ジャーナリズムなどとの競合・錯綜関係を強調しました。いま、文章を書く行為やその結果として生まれる作品を、グローバル・ローカルな世界の「現在」とどのようにシンクロさせることができるのか。

いつだったかは思い出せないのですが、文学極道のある投稿者がどこかで「詩」は敷居が低い、という発言をしました。たしかに、映画監督や報道写真家になるよりも、詩人になるほうが金銭面や技術的にははるかに簡単です。紙と鉛筆、またはコンピューターが一台あればいい。そのような手続きの手軽さに、詩人は甘えているのではないか、という指摘です。この意味で、ネットか「紙」かという対立よりも、たぶんより切迫した問題は、目下の世界において「書く」という行為 の強度をどう評価するのかということだと思います。

ところで、「書く」ことは、言うまでもなく言葉に依存しているため、映像や写真、音楽等に比べ、単一の言語共同体内部にしか流通しないという、決定的な弱さがあります。翻訳という手はありますが、翻訳にはいつもタイムラグや受容の限界があります。くわしくは立ち入りませんが、もしあなたがこれまで書いてきたものを別言語に訳すならば、それは新しい作品を生み出すことだと言ったほうが適切でしょう。

「書く」ことが言語共同体に依存するということは、その言語が使われる「文化」や「社会」における支配的なものの見方や世界観に影響を受けるということを意味します。たとえば、文極のある投稿レス欄で某氏が、「日本で生活している平均的な(つまり日本のオンライン文芸サイトに参加している種類の)人間が『第三世界』(この言葉自体もは や死語だと思うのですが)の政治・社会問題に関心があるわけないだろう」という趣旨の発言をしました。某氏の発言はだいたい的を得ていると思います。しかし一方で、日本の一般大衆の間で、東南アジアやアフリカ、カリブ海地域などの国々に対する関心が低いということ、このこと自体が21世紀初頭の日本の政治やカルチャーの現状の反映なわけです。(なぜこうなったのかについての議論は別稿に譲ろうと思います)

たとえば、日本のオンライン文芸サイトに、舞台が日本ではない作品を載せると、「旅行記のような風物の描写もないし、文体が味気ない」というコメントをたびたび受けます。ところで、私は過去10年以上のあいだ日本国外に住んでいますが、それは「居住」であって観光旅行をしているわけではありません。ベニンに居ようがニューカレドニアで生活しようがラオスからネットに繋ごうが、それが私の日常であり、それを自分の母国語、日本語で書いているだけなのです。それにしてもこの種のレスポンスは日本の文芸サイトに出入りする人間の大半が、バックパックを担いで世界を自分の足で歩いたこともろくにない活字「オタク」である、ということの表れであるように思います。

さらに、このことはおそらく、日本語という言語が日本という国家の外ではほとんど日常言語として使われていないという現実と関係します。これがたとえば英語などであれば、アメリカ合衆国、英国をはじめ、インド、フィリピン、ベリーズ、ケニア、トリニダード・トバゴ、シンガポール、ガンビア、オーストラリアなど、文化や宗教的背景がまったく異なる国と地域で話され、書かれ、読まれている。だから、イギリス人がインドに旅行・居住して、インドについて英語で何か書いたならば、ケニアやシンガポールでも読者を得る可能性があり、そこにグローバルな批判や思考のフローが思いがけない乱反射を生み、人々の行動に微妙な影響を及ぼす対話の糸口が、ほんのわずかであっても生まれるわけです。あなたが書く日本語の「詩」にそんな可能性を想像できるでしょうか。

日本語の話者人口とその分布のほかに考えなければいけないのは、政治的な状況です。つまり「日本か外国」か。そんな単純化された二分法がリアリティを持つのは、アジア大陸最果ての島国であると同時に、占領期(1945-1952)のGHQ/SCAPによる情報封鎖や、自らの集合的自画像を世界のなかで打ち立てる努力をすることなく、高度経済成長のなかで消費立国として完成してしまった日本の、江藤淳がいうところの「閉ざされた言語空間」特有の限界でもあるわけです。

これはネットで書くか紙媒体でいくかという対立とは、まったく次元の違う話です。どちらにしても、「日本語」を対象化することなく「詩」を書き続ける限り、自らの発話につきまとう閉塞状況を意識化する可能性はゼロにひとしいと言わざるをえません。ここに解決策はあるのでしょうか。また文学極道が、映像やアニメなどの非言語ジャンルを強調していたということは、私がいまここで書いているような問題意識につながるものなのでしょうか。

つながる可能性はある。というよりはむしろ、そうした問題系に続く道筋への扉はとりあえずこじ開けることができた、と私は考えています。もし文学極道にほかの投稿サイトにはない熱狂や、エキサイティングな議論、そして得体の知れない「狂気」が渦巻いているとすれば、その場が、ある特定の言語を使って「書く」という行為を、身体に根ざした「世界」性の砂漠の真っ只中で再評価するという当初の目標が、「想い」として発熱し続けているからではないかと思います。

正直、これは非常に厳しい戦いですし、もし本気でやるならとても楽観的にはなれない情勢です。しかし肝要なのは、文学極道がいまでもそのような実験的試みを許す場であり続けていることだと思います。最後に、日本のムラ社会的メンタリティから私の発言を忌み嫌う方々も多いと思いますので、いちおう付記しておきます。文学極道は一つの「場」です。その意味において私やほかの誰かがそこを舞台にどんな実験をしようと、抒情詩や、伝統的な 作風を好む人も出入りするでしょう。当たり前ですが、文学極道の今後の方向性は、根底において重層的に話し合われていくほかありません。

追記
1.この文章を書いたあと、作品投稿・批評のプラットフォームを一から作るという難題を自分に課すべきだと考えはじめ、あらたなメディア構築に着手しました。1年くらいかけスローに楽しんでやってゆきます。

2.現行の文学極道発起人、関係者に対して最大限の敬意を表します。僕がここに書いたような自由な言論に場を与えてくれたのは、ほかならぬ文学極道ですから。

3.2016年8月16日脱稿、9月16日に全面改稿。(現代詩フォーラムバージョン)


散文(批評随筆小説等) 文学極道と国境 Copyright 天才詩人 2016-09-17 00:21:45
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