アウトリーチ
ただのみきや

朝 丘珠空港へ迎えに行く
プロペラ機は八月の空をけたたましく滑り降り
ゲートをくぐる人々は無事届けられた
天からのギフトのように
トランクとリュックを下げた若者を見つけ
片言みたいに 荷物を半分持って
通じないわけではない
お互い少しずつでいい

食べたいものを聞いたら 「チーズ」 と答えた
昼前から入る店も思いつかず
ロッテリアのドライブスルーでチーズバーガーを買う
行きたいところを聞けば 「海」 だと言う
幸い天気は上々
小樽築港の埠頭まで
以前よく釣りをした所までドライブする

その日はライジングサン・ロックフェスティバルで
道路がやたらと混んでいて
5号線と337が合流する辺りは渋滞していた
前の車のシールがふと気になって
近づいた時に目を凝らすと
ゆるい似顔絵イラストに「安室奈美恵聴いてます」
衝動的に欲しくなった
安室奈美恵は聴かないが 例えば
ボブ・マーリィのライブを大きな音で聴きながら
このシールを貼って走りたい
少々熱く語ってみたが
鼻で笑われた

車を臨海公園の駐車場に入れて
立派なトイレで連れションする
この身長差は一体何事だろう
公園は賑わっている
小さな男の子が頼りない足取りで芝生を歩き
若い両親が笑顔で追いかける
海は古びた様子もなく
シャツの上からでも痛いほどの陽射し
あのころ彼は五歳でその後を
一歳半だった弟もまだ元気で追いかけていた
一瞬も目を離せなかった
いまでも離せない
曇り空の記憶から眩い光で切り取られ
愛しい残像は永遠に心を走り回る

そういえば一度
公園の柵から乗り出して
彼の虫取り網にテグスと錘と針をつけて
食パンを捏ねて餌にして釣りをしたことがあった
釣りに慣れた地元の子供たちが数人覗いては
「絶対釣れない」と言ったが
十分後ぐらいに大きなウグイがかかった
したり顔でその子らに
「人間が初めて魚を釣った時
 釣り竿や仕掛けが揃っていたと思うかい」
なんて言ったものだ

さすがにお盆だけあって
いつも釣り人が絶えないこの場所にも
竿を出している者は一人もいない
埠頭の少し先の方まで歩いて
いいところで立ち止まる
海は凪いで(もっとも堤防内だが)
 ちゃぷり
   ちゃぷり
コンクリートをしゃぶっている
季節や時間 天気によっては
さざなみが立つほど片口鰯の稚魚やチカの大群が
水面近くを泳いでいることもあるが
いま世界はお昼寝中
小魚たちも砂漠を渡る隊商もみんな
カモメは目を開けたまま夢を見ている

段差の下へ手を使って降りてみた
すぐ水に触れられる高さだ
メダカほどの稚魚が二匹連れだって通り過ぎる
友達と遊びに出たくてしょうがない夏休みの小学生のよう
靴をぬいで素足をつけて
 ぱしゃっ 
   ぱしゃっ
冷たい心地よさ ボーっとするほどの陽射し
ムルソーよ こんな日だったか
生憎ここ数年で一番のリゾート気分なんだ
親父のはしゃぎように彼は苦笑い
さそっても靴はぬがなかった

蟹か何かいないか覗き込む
彼が小さな頃は
蟹やら貝やら捕まえて見せてやると
目が輝かせ喜んだものだ
光に透ける産毛にはまだあの頃の面影がある
百八十センチのハンサムさんよ
おれは憶えている
死ぬまで忘れないさ

フナムシが走っている
「ダンゴムシ海へゆく」という絵本をよく読んでやった
あの本にフナムシもダンゴムシの仲間だって書いてあったな
「憶えているか」
「ああ あれね」

蟹はいないが すぐそこ
水面から三十センチくらい
イトマキヒトデがへばりついている
腕を伸ばして引き剥がす ミシリとした感触
青っぽいグレーにオレンジの霜降り模様
美しい星形生物
意外と固くザラザラしている
勧めてはみたが
彼は手に取ることを拒む
ひっくり返すと一面に小さな突起がゆっくりと
掴むものを探して右往左往している
真ん中の出し入れ共通の穴のあたりは
半透明のゼリー状のものが纏わりついていた

いまヒトデはトワイライトゾーン
超常現象を体験している
宇宙人に誘拐されたか
異次元に迷い込んだのか
おのれの意志とは関係なく別世界の何者かに捕らえられている
後悔しないかどうか確認したが
はっきりと 「いらない」 
手はすでにスマホを弄っている
――そう では

おもいっきり投げる
星形のヒトデは
青空の下を
手裏剣みたいに高速
回転しながら
生まれて初めて
空を飛んだ
海中の住人が
いま 風を切り
夏の焼けるような陽射しの中
ないから目はまわさないが
かつてない感覚
回転の遠心力で
蝕腕がおのれの外へ
遠くへと
引っ張られるような
そんな不思議を体験して
数十メートル先
音も無く着水した
昼下がりの海のまどろむ額へ
ゆっくりと沈んで往く
カモメが風に乗る
夢のようにゆれている
否これらすべてが海の見ている夢なのだ

車に戻りながら聞いてみる
次はここからすぐ近くのブックオフだ
あそこは他のブックオフより詩集が多くていい
タゴールの「蛍」はあそこで買った
現代詩フォーラムで見知った詩人の本も見たことがある
古本屋で三時間くらい立ち読みを平気でしてしまう
二人の数少ない共通点だ

肩こりと疲れが苦になり始め
声をかけて店を出る
空腹を埋めずにいられない
臨港線沿の丸亀製麺でぶっかけを注文する
彼は天ぷらもたっぷり皿に乗せる
夏休みの始まりにはたぶんいい一日だ
と勝手に思ってみる
明日の朝には仕事明けの母親に
おもいっきりいじられて可愛がられるだろう
彼は無表情のままだが
決して逃げ出さない
会う度に大人になっていて
言葉が少しわかりにくくなる
彼がプログラミング言語を学んでいるせいかもしれない
おれが詩ばかり書いているせいかもしれない

いつかなにかに引き寄せられるように
おのれの内側から手を伸ばし
遠くへ飛んで往くのだろう
見えざる神の御手
夢のように見送るだけ




              《アウトリーチ:2016年9月10日》









自由詩 アウトリーチ Copyright ただのみきや 2016-09-10 18:31:28
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