呪術師の末裔
ただのみきや

引き寄せて歌の精よ耳元に
オンとイのほつれ目
楼蘭の砂から掘り起こされた女の髪のよう
忘れられたイトが絡まった
黴臭い沈黙から ふと
夜は陽炎のようにゆらめき立って
歪み捻じれたこの道を筆の仕草で歩み寄る
水が染み出るように
静けさを包む歌声の
ことばと世界
の境は侵食されて
爪先の海を桔梗が咲き染めた
頃《萎れた花首に取り残された蝶が過去へと飛び立つ》
古今は混濁する
寒流と暖流
交わって混じり合えず
嫉妬に狂い
影のように寄り添い互いの孤独を覗き見ながら
野火のように不意に押し迫る
悲しみを嘯いて掻き鳴らされる異国の琴
猫のように柔らかく弧を描く腰
泡沫の希人よ
生贄であり祭祀
巫女であり呪術師
歌いなぞる琴の刄の濡れた唇から
蛍がスイと闇に吸わて往く
闇は熟れて裂果する呟くように
殻を脱いだことばの肢体は知をいつも凌ぎ
素足で魂の荒野を踏みにじった
ことばの舞踏が歌なのだ
オンとイによる呪術
抑揚と連打
なにかと結び
なにかを孕み
なにかを産み
なにかを育て
なにかを葬って
なにかを再生し
巡りまた繰り返す
芸能は的を失くした呪術の影法師
人にまつろう風のよう
芸術は無心で示唆する蝶の振舞い
記憶を失くした呪術師の魂
の放浪
と嗚咽
と自傷
それ以外は商売だ
商売こそが人を呪術から解放する
知恵の実から抽出した毒と薬の表裏一体の金貨は
人間を野の花から区別して自己と世界の支配者の幻想を与える
すべてを要求する
別格の愛人だ
引き寄せて歌の精よ唇に
口移しで巫女たちの芥子のように甘い息と共に
透かし見える幻の時の向こうから
下腹部から胸へ胸から口もとへ
大きな孔雀蛾が羽ばたき飛び出すように
叫べ! 夜へ!
魂の全てを射精し尽くして
しなやかな拘束の呪術よ
骨とはらわたを打ち鳴らし
血の巡りを操って
思考は灰に感覚は燠に
炎は舐める
空間を曖昧に区切り
無数の顔を時折ゆらしながら
残像は風化に委ねればいい
イメージは奇妙な美しさでこちらを見つめ
微笑みながら
正気を着け狙うだろう
裾をどこまでもたくし上げ
爆ぜる巫女の
白樺のような脚を闇の中から見ていたのだ
ことばは消えることばの中では
恐ろしいものは肢体であり
脱ぎ捨てた殻に入りようもない
膨れ上がる幻のやわらかな実体だ
己の死体を見下ろすように
目を覚ました魂は
焦土を連想させる森の朝もやの中
酔いから醒めた男のように
冷え冷えと手繰っては
目蓋の裏に扉を探している




               《呪術師の末裔:2016年9月1日》










自由詩 呪術師の末裔 Copyright ただのみきや 2016-09-04 16:55:48
notebook Home 戻る