婚姻
オダカズヒコ
泣き腫らした女の顔は
紅潮していた
ホテルの窓の外に見える
海岸が騒々しくなってきた気がする
月はぼくらの妄想のように
闇夜に浮かぶ
血が騒ぐというのは本当だ
女はまだ酔っていたが
ぼくは抱き寄せて
そしてベットに運んだ
好きな人がいないと
恐いよ
特にこんな夜は
独りぼっちになったような
気がするの
明美と結婚しようと思ったのは
1年前だ
正確には
3年前だ
初めて会ったとき
3年前のこと
彼女がぼくの横を通り過ぎていった
ときの風や
揺らめきや
光に
懐かしい人に出会った気がした
一年前
ぼくの隣で笑う彼女の顔には
もう
伴侶の様な
相が宿されていた
それほど強い刻印に
であったことなど
なかった
約束など
一度だって
したこともない筈なのに
揺るぎのない確信が
ぼくらの間には
成立していたんだ
人生は
秘密に満ち溢れていると
中年になり
ぬけぬけと思うようになったのは
きっと
運命の恋を
したせいだ
この人はきっと
ぼくを生かすために全力を尽くすだろう
何か根の生えた
どっしりとしたものが
身体の中を駆け巡る
ぼくは
何も考えない
たった今
彼女がプレイヤーとなった人生を
歩き始めている
自分の中に
誰かが存在し始める
その存在には
逆らえない魅力と強さが備わっており
磁力の様な
不思議な力によってコントロールされていく
二人の行き先は
風だけが知っている
などと
うそぶいてみたいところだが
本当のところ
二人には同じ未来が見えてるような
気がするんだ
白い砂浜を
二人で歩いた
裸足の足跡が点々と続いていく
人生には秘密めいたものがあると
ぼくは思うのだ
そしてその多くの要素を
ぼくは女たちから貰った
それは勇気だったり
時には裏切りだったり
絶望だったり
少し
踊りの列から
はみ出した
よろめく女を
抱きしめる
神様
違うんだ
少しだけ違うんだ
星の配列の話じゃないから
聴いていてほしい
中年になって
ぼくはぬけぬけと
神様を信じるようになった
それは地球や世の中を
世界の事を
大げさな
救済の話にしたいからじゃない
きっと
運命の恋をしたせいなんだ
明美を助手席に乗せて
ぼくらはブタを埋めた墓へ向かった
祟り
というものを
ぼくらは畏れていたわけではない
神様
聴いてほしい
ブタを身ごもった世界は
たった今
ぼくらの手から破壊した
ナイフもカービン銃もいらない
白い陽光が飛びこむ
平和な世界に
ブタを屠ったのはブタ自身だ
神様見ていて欲しい
ブタからはみ出した臓器が
膨らみ始めている
オーブンの中でこんがりと焼けて
人々のお腹を満たすために
神様
聴いていて欲しい
ブタを屠ったのは
ブタ自身だ