うせもの
Seia
ふきすさぶ風のなかで
わたしは落し物を探していました
ロマンチックなはじまり
ではありません
財布がないのです
携帯も
さっき買った
にがりのきいた豆腐も醤油もレシートも
メモ帳もモバイルバッテリーも
いっそもういってしまえばバッグごと
なくしてしまったのです
さかのぼりますか
さかのぼりましょうよ
暑い日ですから
夕食前のことです
一品ほしい
一品足そうとおもったんです
分岐点というならばここでしょう
レバーを握りしめ
ぐっと力を入れて引きました
鈍い音と金属音が同時に聞こえ
玄関を出たのです
そうしてわたしは道路を横断し
徒歩圏内
辿り着いたスーパーで
いつもよりお高い絹ごし豆腐と
プレミアム感のある醤油をバッグに入れ
駐車場を抜け
右方向を確認して
左に首を動かしたところで目がかすみ
こすったあとのことでした
あのときこすらなければ
よかったのでしょうか
見渡す限りの道路が
しろい雲になっていました
正確に言うと
建物だけが
宙に浮いているようで
残りの隙間がすべて
密度の濃い雲で埋まっています
足首はぐねぐねですが
立っていられないこともないので
ただの水滴ではなさそうです
振り返ると
車とスーパーはそのまま
底が抜けたみたい
喉の渇きに気付いたのは
ずっと口が開いていたからでした
醤油しかないしな
とおもって手元をみても
それどころか何も
さかのぼりましたね
ようやく今に追いつきました
正直荷物なんて場合じゃないのはわかっています
わかっていますけど
見慣れていたものを取り戻せば
すこしでも安心できるのかなって
さっきまで居た場所に近づけるのかなって
なんとなくかんがえたのです
でもなんだかもういいです
今に追いついたとはいえ
色々なくしてから
どれぐらいの時間が経ったかさえ
わからないのです
とりあえず
家に帰ろうと思います
そういえば
玄関の鍵って