氷の散弾にブルーハワイ
ただのみきや

嘆息の理由なら他にある
豊満な月に耐えきれず包み紙を脱がせただろう
子供みたいにあちこち汚して
今日がその日ならと狼みたいに祈ったね
誰かのせいだと言うのなら
それはわたしのせい(玄関前の犬の糞だ)
タトゥーを入れよう心臓に向日が揺れている
死ぬなら八月がいいと思っていた
煙の思惑だ
すべてを解くことはできなくても
邪魔する者はいない
錠剤みたいに飲みやすくてスローテンポで効いてくる
ほら草木と虫と
光と影
襤褸切れになるには十分
目はテニスボールみたい素早く跳ねたけど
レシーブする者はいなかった
求め始めると鼻が裏返り自分ばかり嗅いでいるから
石炭の大判振舞いで窯は火を噴いていた
駆動できない機関車だった口をつぐんだまま
出勤しなければならない
いつも同じ珈琲を飲んで
いつも詩を飲み下す丸呑みでかまわない
そこには居ない耳元で囁く顔のないやつだそれだ
死んで年月がたったものがいい
ひょうひょうと言葉だけが一人歩きするのがいい
精を宿している
読む者から吸い取っているのだ
飛行機も落ちる八月だ
爆音が響くし炎上もする
回帰点だ 死者が主役になる
秋は酔わせ
冬は醒ます(そして不眠症患者の冬眠だ)
春は赤裸々に年月を従えて殺しに来る
現実とは突き付ける銃口だ
夏は記憶の螺旋を浮力を纏って落下する
太陽が刻む輪郭の欠けた陰りと曖昧さの中へ
鳴けない蝉の空中分解だ
果たせない約束の蒼白い涙だ
少年と老人の折れ曲がった時間の穴の重なりだ
巡礼者を堕落させる
山羊の腸詰でもてなしてくれるホテルの
窓が開け放たれた部屋で河風のような女が笑う
薫香のけだるい甘さもそうだ
ビードロと菓子パンだ
ケロイドとクラシックだ
戦争と平和と性欲とロックバンドだ
殺戮と溢れる羽虫の群れと日焼けした男と
青白い女のうなじとアイスクリームと神経衰弱だ
水着を着ている亡霊と
汗臭い丸刈りたちの鉄板で焼かれる恋愛遊戯だ
獣の理性と魔物の道徳だ
裸の唯物論者を屈服させる性技の試写だ
オリンピアの丘で磔にされた全身金箔の虚偽者を担いで
蜂蜜漬けの脳をぶつけ合う
感動に震える唇を濡らす火の雫だ
冷たいものの飲み過ぎだ
おれの目は亡霊だ
記憶喪失のユダヤの末裔だ
絡まり合った釣り糸だ
夏は大安売りだ
気持ちとは裏腹に大安売りだ
誰が骨を拾う?
知らされない死の隠匿を詩をもって死と為し知らしめろ
拾うな! 決して!
ぐちゃぐちゃの愚者の愚痴ケチでチンケな下知を
半夏生に食らった蛸の頭だ
蒙昧で腐り気味の吐息だ
本のせいにするな
せせらぎのカササギが咥えた薄紫の石が最後の分け前だ
馬に蹴られながら豆腐の角に頭をぶつけながら
過労死したナマケモノが書き残した白い断章の崖だ
もろい言葉の向こう側だ
風鈴のような歌声が誘惑する八月のことだ
野生の蘭が陽射しに捻じれてクスクス笑っていた
ダンテのように美しく捏造された地獄のことだ
数えきれない始まりの何一つ終わらない飽和と破裂のことだ
ある朝の発芽が
なにかから意味を剥奪した
それが八月の詩だ足の爪に描かれた海の青さだ
理由なんかないあっても書かない
見えるか 静止したカモメがそれだ




         《氷の散弾にブルーハワイ:2016年8月13日》













自由詩 氷の散弾にブルーハワイ Copyright ただのみきや 2016-08-13 22:04:00
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