Miz 22
深水遊脚

 ヒーロー結社が秘密裏に提携している病院に入院している政志くんを見舞った。幸政くんが来ていたので言葉を交わした。

「先日の模擬戦のデータが纏まったから確認しておいてね。政志くんはどう?」
「外科的な怪我はいろいろあるが、とりあえず人間としては命に別状ない、という状態だな。あんなふうに限界まで力を使ってしまうと、特殊能力者としての回復は少し面倒かもしれん。でもこれも俺達の宿命だ。何時なんどきこんなふうになっても不思議ではないんだ。」
「意識はどうなの?」
「心配するな。寝てるだけだ。起きたら元気はないが普通に喋れる。模擬戦のこともちゃんと伝えておく。何が起こったかあいつは半分くらいしか記憶にないだろうから、まずはそこからだ。そして反省すべきは反省しなければならない。」

ひとつ心配事は消えた。最もダメージの大きかった政志くんはどうにか元気になりそうだ。まあ戦士たちがそうそうやわではヒーロー結社が成り立たない。目の前の幸政くん、そして柏木くん、間城くんと晴久は、翌日には出社してそれぞれの任務についていた。柏木くんは病院に行くのを嫌がっての出社だった。状態が客観的にわからないのはかえって不安だ。目にみえる不調はないが、無理にでも病院に行かせたほうがよかっただろうか。間城くんは出来ること、出来ないことを詳細に伝え、体を慣らすために軽い任務とトレーニングを希望してきた。間城くんの疲労は医師が看てもわからない質のものなので、自己申告はありがたい。幸政くんと晴久はいつもと変わらなかった。まあ普段の二人の能力からみれば、比較的軽い戦いだったかもしれない。二人が制圧したときの政志くんと柏木くんは、力の放出こそ強かったが、戦士としては弱かった。心身の状態と冷静さを保つことがいかに大事か、ということだろう。

「模擬戦のときは済まなかったな。的確な指示のおかげで本当に助かった。礼をいう。」

神妙な顔つきで幸政くんが頭を下げてきた。

「あの采配でよかったのか、わからないわ。晴久に政志くんの力を出し切らせたから、こうして政志くんが床に伏しているのかもしれないし。」
「ああする以外に政志は止められなかったし、そのあとの間城のアンセムは作戦にない広夏の判断だけれど、見事だったぞ。」
「私も気弱だから、あまりこういうことはさせないでね。」
「気弱かあ。たいした度胸だと思うぞ。」

あまり感心されても困る。少し腹が立ったので話題を変えた。私は幸政くんに、先程の春江さんとの会話の一部始終を伝えた。

「ふーん、春江もずいぶん柏木に甘いな。またなにか思惑でもあるのか。俺はあいつを甘やかす気はない。あいつにとっても成長は必要だ。戦闘中に何回か現れた、歩みを止める者のサインを俺は見逃さないし、俺以外でもわかる人間は多いだろう。ほかの人間はともかく、春江がわからないというのは不自然だな。」

幸政くんの言葉で溜飲が下がった。春江さんとの会話で疲れていてあまり考える力もなく、私は幸政くんに、マミちゃんの指導についてどうすればいいと思うかを聞いてみた。かなり具体的なプランがあるらしく、彼は淀みなく答えた。

「柏木に思い通りをやらせなければいい。封じる力より引き出す力、レグラスの教えを徹底し、具体化するんだ。それは一人ではできない。あいつにはいい勉強になることだろう。模擬戦は2回に1回、別の人間が相手になる。通常は5回に1回くらいのところ、頻度をぐっと上げる。その相手になった戦士が須田に必要なことを指摘し、柏木はそれをもとに指導する。柏木は他の戦士からの指導への干渉を拒否できない。きちんとメニューに組み入れる。それくらいのことは消化して然るべきだ。自身の考えがしっかりしていればその程度の干渉で揺らぐことはないし、他から受けた指摘を自身の指導に活かすこともいい勉強になる。あまり的外れなものがあると困るから内容は一度俺が確認するけれどな。柏木以外の戦士との模擬戦でデクレッシェンドが発現するリスクはあるのだけれど、リミットを設けてそれを徹底すれば大丈夫だろう。偶発的な特殊能力の発現があれば戦闘を中止すればいい。今回のようにリミットのない模擬戦がむしろ例外で、皆そうしているだろ。須田の心理状態を把握するのさ。そして早めに手を打つ。」

柏木くんの欠点を補うことができそうな、とても具体的なプランで、実現もそう難しくない。普段の私ならば誉め言葉を惜しまないところだ。しかし今日はこんな憎まれ口を叩いてしまった。

「言っていること、柏木くんがマミちゃんを指導することが前提になってるわね。」

幸政くんは当然の疑問みたいに受け流してくれた。

「それはその通りだ。 須田の指導に柏木があたること自体には、俺は反対しない。 柏木にとっても鍛練になるように工夫する必要はあるがな。特殊能力については、こちらが刺激して発動するのと、須田のほうで自然に発動するのとでは、須田にコントロールできないうちは、こちらからというのが安全で望ましい。その刺激を柏木はうまくやれるのかもしれない。だから数々の戦士の指導で、特殊能力の発動が最良の状態でできたんだ。 啐啄の機、というやつだな。鳥の卵がかえるとき親鳥が嘴で突っつくんだが、それが早すぎても遅すぎても駄目なんだ。雛鳥が外に出ようとしている、ちょうどいいタイミングで突っつく必要がある。特殊能力もこれと同じだ。刺激すべき時がわかり、刺激の強度もわかる。だからあいつは挑発もうまい。口の悪さだけで、あいつの人間性は判断できない。俺はそう考えている。広夏さん、いや、広夏はそうではないのか?」

少しだけ落胆した。収まるきっかけをなくした不機嫌はそのままだった。

「その質問、答えなきゃ駄目?」
「答えなくていい。すまない。まあ須田の第2ステージクリアはまだ先だろう。柏木の評価も、いまの俺のプランもこれで決まっているわけではない。柏木の癖は青山がよくわかっている。あいつは柏木のいいところばかりを見ているのかもしれないが、片桐に対する指導もみていたし、それをもとに須田に伝えられることもあるだろう。広夏が何かの折りにそれを引き出してやってもいい。」

また義務を課されたようで、気が滅入りそうだったが、幸政くんの現状認識は的確だと、疲れた私の頭でもよく理解できた。

「そうね。青山くんからマミちゃんに繋がる回路もあるわね。いろいろありがとう。先に社に戻っているわね。」
「俺もここで油を売っていられないんだ。もう少ししたら帰社する。政志は心配いらないから安心してくれ。」

その声に軽く礼をいって病院をあとにした。

 少しは気分が晴れた瞬間もあったが、これからのことを思うと、その晴れ間はすぐに憂鬱で覆われた。幸政くんの考え方はとても合理的だった。ただそれは、人の能力を組み合わせ自由なパーツであると仮定した場合の話。でも実際には組み合わせ自由なパーツほどに人間とその能力は単純ではなく、ジグソーパズルのピースくらいには複雑ではないだろうか。 啐啄の機、つまり刺激して能力を引き出すタイミングとその強さがわかることと、彼の挑発の言葉の中味と、そこに現れる彼の変わりようのない考え方は、一通りの組み合わせしか許さないジグソーパズルのピースではないか。そのような考えが頭から離れずに、どうしても私を不安へと引き戻すのだった。

 もうこのまま帰ったほうがよいのかもしれない。でもそういうわけにも行かなかった。政志くんと柏木くんのリミットなしの大掛かりな模擬戦については、他の皆に知らせないかたちで進んでいた。あるいは状況を察した人もいたかもしれないが、公式には無断でちょくちょく任務に穴を開けている。累計すればかなりの時間になる。そのことが気になっていた。マミちゃんの戦闘訓練もその一つだ。私は訓練のための戦闘員専用のジムに向かった。いまマミちゃんのトレーニングや模擬戦をみたい気持ちもあった。心を通わせたつもりの青山くん、橋本さん、マミちゃんに囲まれたかった。彼らに愚痴を垂れるわけにも行かないし、訓練を統括するなら私が癒しを求めるなど本末転倒だ。それでも、柏木くんの考え方やそれに肩入れする幸政くんや春江さんと、永久に相容れないであろう私の心の鉛のような部分を、溶かしたかった。私なりの正義についての考え方を誰かと共有したかった。


散文(批評随筆小説等) Miz 22 Copyright 深水遊脚 2016-08-06 12:42:53
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