あの町とこの街
かんな



明かりの少し落ちた町で暮らしていたとき
身近にいる友だちと会うことがなにより恐ろしかった
だからこの街に引っ越してきたときに思った
あの人もあの人も果ては両親さえももう誰もいないのだと
俯いて暮らしていた日々に光が差すということ

テレビを見ながらふと電話をかけようとしていたとき
遠く離れれば心配もするようになるのだと苦笑してしまい
お気に入りにも登録されていなかった父の番号を見つけておもう
あるいは母の番号を見つけておもう
家に居れば随分厄介者扱いされたが居なくなればどうなのだろうか

電話口の母はせいせいした風に自分たちの生活がやっと出来ると言った
ああやはり
ああやはりそうだったのか
あなたがあの町のあの家にあの時わたしを産み落とした瞬間から
わたしは厄介者であったのだと、恨んではいない
だってもうわたしはつけこむ余地がないほどしあわせなのだから

この街の空は格段に青いし雲だって透き通るように白い
死ぬことが誰にでも襲いかかるようにいたって怖くはない
外灯はこうこうと明るくすべての行き先を照らし出している
ものすごい幸福が空から落ちてきて掴み切れなかったとして
それでもこの街では誰もそれを不幸だって感じたりしない
海に沈む夕日に願えば叶うことだってあるのだ

母との電話を終えていや終える前から話は終わっている
思ったんだ
やはりそうしようと思ったんだ
あの町の話は母と俯きながらしよう
この街の話は夫と息子と顔をあげてしよう
くだらない単純なメソッドかもしれないが
わたしがわたしでいるために必要だから

スマートフォンを置くと
カーテンを開け窓を開けた
風が心地よかった





自由詩 あの町とこの街 Copyright かんな 2016-08-05 15:24:36
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