夏の神々
ひだかたけし

ミンミン蝉の鳴き声がすぐ間近から聴こえる
用水路沿いの遊歩道左脇の樹木からだ
僕がその樹木に近付くのとほぼ同時にその蝉は鳴き始めた
樹木脇をそのまま通り過ぎようとして僕はふと足を止めた
余りに元気良く鳴いているその蝉の姿が見たくなったのだ




樹木を子細に見ようと立ち止まり眼瞼けいれん用の遮光サングラスを外した
途端に無数の白い光の矢が眼に降り注ぎ太陽の熱が頭から爪先まで一気に貫く
全身から汗が噴き出し身体が勝手に揺れ捩れ僕はその場にうずくまる
今さっきまでクーラーがガンガン効いた部屋に閉じこもっていた肉体が剥き出しの夏の大気に曝され一気に呑み込まれようとしていたのだ

かろうじて顔を上げた視界には真っ青な空が広がり照り輝く入道雲の卵達がもくもくと山脈となって連なり暗く明るく躍っていた

 〇

鈍った体がほとんど夏の大気に消化されたらしい
どれぐらい経ったのかわからないが僕はやけに身軽になって立ち上がっていた
全身の汗は完全に引いていた

その瞬間自分が何か意識の塊か眼になっている感じがした
感覚ではなくて意識の眼だ
僕はその意識の眼で樹木を観上げた
灰色のつるりとした幹が伸びていた
蝉は相変わらず激しく鳴き続けている
三メートル程上の幹と幹が二股になる縁にその蝉は留まっていた
遠目には油蝉に似ていたがよく観ると油蝉より大きく羽も透けていた
僕はそのミンミン蝉を凝視した
途端に蝉はピタリと鳴くのを止めた
僕は内心驚いたが視点は外さなかった
無言で立ち尽くし意識をより強く蝉に向け集中させた

   〇

すると奇妙なことが起こった

明らかに蝉もこちらに意識を向け集中しているのだ
そう感じられたというレベルではなく
その存在自体がこちらに向けられた警戒の意識で硬くよりカタク武装され僕の意識に圧力をかけてくる
その圧力が明らかに感覚的にではなく純粋な意識のレベルで感じられるのだ
僕は戦慄すると共に気圧されそうになる自らの意識の集中度を半ば無意識に高めた
   
    〇

蝉の意識が意識の蝉が私の意識と意識の私と対峙し拮抗した
蝉意識は夏の大気と調和し薄くもわりと広がっていた
夏の大気までが微弱ながらも意識を此処まで発散していたのだ
私の意識はいや私自身が彼ら意識に浸蝕され呑み込まれそうになった
私はどうしたらいいのか
もはや逃げ出すにも肉体は硬直し切りウゴカナイ
ひたすら自己意識を強め眼をこじ開け凝視するしかなかった

そうしてそのミンミン蝉と夏の大気の意識と私の自己意識が臨界点を超えてごく自然に浸透し合い始める

赤紫の渦を巻く印象
ワタシハ・オマエノ・テキデハ・ナイ
ワタシハ・オマエノ・イチブ
オマエハ・ワタシノ・イチブ

渦巻く言葉響き浸透し合う意識渦巻き
赤紫に赤紫に
      
      〇

気付くと僕はその場にしゃがみ込みミンミン蝉は居なくなっていた

只、木立の隙間のポッカリ開いた穴から青い青い夏の空が見えた。











自由詩 夏の神々 Copyright ひだかたけし 2016-08-02 20:14:52
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