あの日の夏の蒸発
ホロウ・シカエルボク




崩落した道を見下ろす
堤防に身体を預けて
夏からの束の間の避難訓練


午後の約束は先延ばしになって
それ以外の予定もなくって
戻ることも出来たけれど
久しぶりにコーラが飲みたくなって


潰れたコンビニの駐車場で
二〇一六年の缶コーラ
あの頃みたいに喉を鳴らして
ひと息に飲みほすことは出来なかった
あの頃よりもずっと
カラカラに渇いていたのに


自販機の横では
「ハッピーで満たそう」と書かれた
フラッグが揺れている
潰れて一〇年は経つコンビニの入口で
強烈な太陽がいびつな影を作る


ふと、そう
堤防を降りると
幼いころによく遊んだ
海の家の廃墟があることを思い出す
この海が賑わっていたころ
ほんの少しだけやっていた海の家


堤防の危なっかしい狭く急な階段を
ゆっくりとゆっくりと降りると
時を閉じ込めた砂浜の景色
無性に叫びたくなる砂浜の照り返し


わたしは海の家を探して走った
靴に砂が注がれるのにも構わずに
記憶に残る岩のかたちを
懸命に思い出しながら
もしかしたら壊されているかもしれないと一瞬思ったけれど
なぜかいまもあるような気がした


ほんの少し砂浜に迫り出した岩を回り込むと
海の家はそこにあった
壁はほとんど落ちてしまっていて
屋根ももう危なっかしい状態だったけど


わたしは息を整えて
懐かしい入り口をくぐる
土間のところに放置された安っぽい丸椅子に座って
目を閉じると
どこかのアニメみたいに
幼い自分に会えるのかも、なんて
そんな気がしたけれど


捨てられた漫画雑誌や
男性週刊誌
あの頃判らなかったことが
忘れられた本棚にたくさん並んでいた
うす笑いを返せる程度には、わたしは大人になりました


よくある歌みたいに
思い出は
シーンで浮かんでは来ない
ときどき聞こえるラジオみたいに
ふと脳裏をよぎるだけ


ゆがんだ入り口のかたちに
切り取られた波打ち際が




わたしを
帰れなくさせるかもしれない





自由詩 あの日の夏の蒸発 Copyright ホロウ・シカエルボク 2016-07-24 01:13:57
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