氷の記憶
由比良 倖

引き出しの奥のカメラに氷河期の白い記憶を閉じ込めたまま


唯一の命を抱えプラズマのウサギと共に言葉を泳ぐ


空っぽな夜にはひとに知られずに空へ静かな青を吐露する


(永劫)が送電線を流れてく一人称が星降る夜中


この世には存在しないイメージが廃墟になって続く裏庭


仮想的永遠が消え去ったとき生まれてしまう苦しい無音


家中のプラグを全部引き抜いて孤独に部屋を調律したい


暖かい日がモノクロに水飴のように傾きながら揺れてる


誰ひとりいない世界でひとり泣く仔猫のような嘘を吐きたい


目に滲みる滅んだ地球の上、午後、太陽フレアがぼんやりとして


身体など要らないよまた海へ来る約束だけ忘れないでいて


人類がきらきらと死に絶えた日、ずっとブランコに乗って見ていた


私などいない世界へ消えたくて)文字の通り)に身を投げ入れる


甘い粒、光の夢が降りしきる底でおんなじ雨を浴びてる


雨降りの記憶の遙か彼方には奇跡などないなんて嘘だよ


願望は遠ざかる日常でただ泣きたい程に夢見たいだけ


無音の首を引っ掻いて何も感じない日を青く彩色する


日と痛みだけだよみんなひとりきりでも何かして死ぬまで遊ぶ


透き通る林檎の夢を曲がる切れ切れの頭と置き去りの足


有り方はただひとつだけ雪道へ孤独のための青を映して


夜を抜け誰もが生まれる前の朝、数えもせずに錠剤を飲む


君との距離が離れてく、天国は無人の街のチャイムみたいに


あたたかなガラスのような明るさを抱いて心を殺して眠る


短歌 氷の記憶 Copyright 由比良 倖 2016-07-18 01:27:50
notebook Home 戻る