Miz 19
深水遊脚

 政志くんの冷静さを失わせないこと。失わせてしまったらそれを取り戻すこと。それが第一の目的なのだから幸政くんがすぐに政志くんのところに行くのは気持ちとしてわかる。でもチームリーダーとして、やってはいけないこと。そう判断した。文句があればあとで聞く。どっちみち隠密行動だ。

「高宮くん、幸政くんを拘束。」

案の定高宮くんは一回で理解できない様子だった。私は指からライトストリングを放ち、幸政くんの上半身を拘束した。これをみた高宮くんが、私の指示は間違いではないと思ってくれたようで、戦闘監視システムから幸政くんにワイヤーが放たれた。どういうつもりだ、という目で私をみる幸政くんを無視して、細かい指示を出した。

「間城くん、フィア・ブースト」
「幸政くん、晴久、スイッチ。幸政くんは柏木くんを、晴久は政志くんを制圧して。これまでの戦闘の流れと心理をアローで送るわ。これで対応できるはずよ。」


ネットワークとは別のソウルケーブルを繋ぎ、幸政くんのみに宛てたメッセージアローを放った。

「幸政くん、落ち着いて。私のした指示は本来の、冷静なあなたならできたはずの、ごく基本的な指示よ。間城くんのフィア・ブーストで一度戦闘から関心をずらして、状況に即して戦う相手を効果的に決めて対峙させる。いま熱くなっているあなたと政志くんが戦うのは最悪。まだ柏木くんとの戦闘が続くほうがいいわ。あなたには柏木くんを何とかしてもらう。彼の悪い癖がでている。きっとフィア・ブーストによりますます退屈な悪漢に成り下がるわ。ここの戦士として必要な心構えを諭しなさい。政志くんは晴久が制する。あの子の旧式のAIのような論理的思考と冷静さが役に立つわ。」

「すみません。広夏さん。」

「広夏と呼びなさい!簡単に謝らないで。何のためにここにいる全員を呼び捨てにさせていると思っているの?一流の戦士でも感情に溺れて間違った判断をすることはある。そんなことと関係なく、あなたはリーダーであり続けなければならないの。それを可能にするのは深い悟りと迷いのなさ。あなたに足りないのは迷いのなさのほう。悟りと違えた指示を出すならすぐに私らが叩き落とすわ。あなたが自省する前にね。自分一人でうだうだ考えていないで、安心して威張ってなさい。メンバーに気遣いのコストをかけさせるんじゃないわよ。」

叱責のメッセージアローはいまも苦手で、多分いつまでも苦手のままだ。本気で叱らなければ幸政くんくらいの手練ならすぐにわかってしまう。本気が伝わったとしても、逆恨みされたり意気消沈されたりで困り果てた経験も山ほどある。幸いいま幸政くんは冷静さを取り戻し、全体が見えてきたようだ。そのうえで柏木くんと向き合い、諭すための戦いをする気になったようだ。弱気になりがちな幸政くんには、時々こんな叱責が必要になるのだ。私の放ったライトストリングだけ解除した。ワイヤーのほうは、簡単な知恵の輪みたいなものなので、冷静になれば自分で外せるはずだ。

 戦況は間城くんのフィア・ブーストが政志くんと柏木くんに効いているようだ。戦闘相手が入れ替わろうとしていることに二人とも気付いていない。フィア・ブーストは間城くんが得意とする認知操作能力のひとつで、恐れにまつわる抑圧された記憶を一斉に回復させ、その刺激を誇張して頭のなかで再現させるものだ。人は恐怖の対象には備えずにはいられない。訓練と実戦でより多く極限状態に接してきている戦士は、そうでない一般人に比べて恐怖に対する動揺は少なくて済むが、危機と感じたことに対しては備えてしまう。また訓練でいくら麻痺させても根源的な感情は残るものだ。間城くんがこの2人の戦士の恐怖に対する認知を的確に操れるのは2人をよく知っているからともう1つ、2人の戦闘パターンを分析したからだ。特に何が引き金になって力のコントロールを失うかを作戦を決めるときによくみていた。2人して視野狭窄に陥って隙だらけの状況は、実戦を考えると改善しなければならないだろう。今までは力任せで済んでいたのかもしれないけれど。恐怖に対する反応も様々にある。政志くんのほうは一般人の怯え方に近い。メタモルフォースを一応完了した姿はみせているものの、膝を立てた姿勢で小さくなり、辺りを見回している。柏木くんのほうは大分違う。おそらくこれは性的興奮。呼吸が荒く視点が定まらない様子だ。2本の刀を失っているにも拘らず根拠のない自信だけで敵に向き合おうとする傲りは、客観的にみて滑稽であるが本人は気付いていない。

「おぼっちゃん、続きをやろうぜ。毒の次は認知操作かい。俺に恐怖を見せたかったようだが感謝するぜ。恐怖はなあ、大好物なんだよ。いい思い出に浸れたぜ。」

柏木くんの締まりのない挑発文句が聞こえてくる。政志くんに似せるため幸政くんはメタモルフォース11を発動している。彼の変身技のなかで最も基本的なものだが、政志くんの見せた77と外観が似ている。政志くんは77を実戦でまだ使ったことはないが、能力は変身技のなかで最強とされている。柏木くんの短刀を蒸発させたのはこの能力の一端だ。よくみれば11との違いは明らかで、一瞬でわかる。でもいまの柏木くんは全然気づいていなかった。変身技の違いに気付かないばかりか、フィア・ブーストの使い手が間城くんしかいないことも忘れているようだ。

「人助けは嫌いじゃない。ヒーローだからな。そんなに恐怖が好きなら、思い出ではなく、いま存分に味わうといい。」

そう言うと幸政くんは両手を振りかぶり、柏木くんの鎖骨めがけて手刀を見舞わせた。そこから休む暇なく喉仏、鳩尾、股間など格闘技ではあまり攻めない部分に打撃を喰らわせた。変身後なのでごく軽い打撃でも通常の10倍ほどの威力はある。最後の股間への打撃に、柏木くんは飛び上がるくらいの痛がりようで、反撃どころではなく、そのままその場で小刻みに跳び跳ねていた。

「どうだ柏木。これが大ぼっちゃんの喧嘩の仕方だ。こんなのはまだ恐怖じゃないよな、ええ柏木。」
「あ、あなたは幸政さん。なぜ。」
「気づくのが遅いんだバカ。戦闘中にハアハアしやがって。こんなふうに隙を突かれたらどうするつもりだったんだ?見せてみろ!」

幸政くんは飛び跳ねて空中にいる柏木の足を払い、転ばせた。

「わが弟への侮りは、この俺に対する侮りと思え。代償は高くつくぞ。」

転んだ柏木くんの顔をめがけて幸政くんは容赦なくキックを連打した。少し荒っぽいのが気になるけれど、幸政くんの精神状態は政志くんに飛びかかった時と比べると、別人と思うくらいに冷静だ。幸政くんなりに柏木くんを諭すための戦いをしているのだろう

 もう一人、相手が変わったことに気づかず、認知操作を仕掛けたのが誰かもわからない御仁がいる。ファイトスタイルは全然違うのにそっくり同じ課題を抱えている。政志くんは徐に立ち上がり、晴久と対峙した。柏木くんに話しかけているつもりで晴久に言葉を投げた。

「柏木くん、君だって認知操作で僕の力を削いで戦おうとしているじゃないか。何度も言わせるな。力を使う戦いも、使わない戦いも、どちらも卑怯などではないのだ。そうだな、刀での戦いを続けるなら私もライト・ソードを用意しよう。」
「大丈夫かい?メタモルフォース77は力を消耗したはず。その前にもメドゥーサ・エクステンションですでに力は減少している。太刀を無力化したシールドは廃物利用だから大したことはないが、残りの力を計算する冷静さが途中からすっかり無くなっているよ。」
「全力で来いと言ったのは柏木くん、君だよ。今更手加減などしない。全力で君を叩き潰す。」
「77の全力か、まいったなあ。」
「後悔しても遅い!僕は守る。守るために闘うんだ。恐怖に怯えるあらゆる人間を。」

この真っ直ぐな正義感、私は嫌いではないけれど、ナイーブさと視野の狭さの組み合わせは最悪だ。お兄さんのラフなファイトを少し見習うといいのかもしれない。でも晴久相手ではそうはならないし、とにかく壮大な正義の暴発は晴久相手のシャドウボクシングで収束することを願うばかりだ。

 戦いの流れは概ね作戦通りになった。フィア・ブーストを終了した間城くんに疲労がみえた。彼にして欲しいことはもうひとつある。

「間城くん、ありがとう。フィア・ブーストはとてもよく効いたわ。余力はある?」
「戦闘は無理ですよ。認知操作も重いのはもう駄目ですね。」
「アンセムはできる?」
「それなら何とかなります。いいですね、戦いが一部陰惨になりそうな、いまの状況にぴったりです。さすが広夏さん。」
「お世辞はいい。頼んだわよ。」


散文(批評随筆小説等) Miz 19 Copyright 深水遊脚 2016-07-16 21:27:33
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