入口・・
ただのみきや

わたしの死角をひとひらの蝶が往きつ戻りつしていた
目の前に広がる森の少し分け入った辺り木漏れ日にあ
やされながら成熟した木々の裾に纏わるつややかな若
木の葉は森の外観とは対照的で光を透かして淡く発光
するあれは胡桃の若木だろうか視線が翅を下ろし静か
に呼吸を始めている青空と雲そして海に弾ける太陽も
爽快で心地よいがいささか眩しすぎていつの間にか瞑
目し脳裏の海原へと移行してしまう広がり過ぎた聴覚
の渦中に落ちて往くのは仕方のないことだろうしかし
こんな陰影と揺れる木漏れ日の迷宮は気ままに視線を
さまよわせ甘い夢に酔いしれるのにはもってこいの場
所だ街中とは違う鳥の囀りや樹々の囁きが暮らしの底
の焦げ付きから余熱を奪い静めてくれるだが深く踏み
出すことはしない今日は入口から見つめるだけだ覗き
見だから余計に誘惑されるのか妖精なんてものを想っ
てみた女狐に騙されたりパウチの踊りの輪に入ったり
だが実際に歓待してくれるのはやぶ蚊と虻とダニくら
いなもので蛇や蜥蜴だってよそ者からは離れ去る実際
この夏の細道は小さな嘘が気になりすぎて大きな嘘に
気が付かなかった誰かの夢をなぞるようにしてここま
でやって来たがサイドミラーにいつも冷やかな視線を
感じていた何週間も息を盗み和紙を千切るように燃え
ひとひらの蝶がわたしの死角を往きつ戻りつしている



           《入口・・:2016年7月9日》






自由詩 入口・・ Copyright ただのみきや 2016-07-10 18:47:06
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