ねこの王さま
TAT
その猫の名前はジョンといった
まるで犬のような珍しい名前で
彼を棄てた愛教大のハタチの青年が面白がって付けた名だが
ジョンとしてはその名が嫌いではなかったので生涯使い続けた
よちよち歩きの頃に追いかけた細いダメージジーンズの後ろ姿の追憶が朽ちてからも尚
ダメージジーンズと鎖の付いた財布を見かけるたび急いで前に廻って顔を確認するクセが抜けてからも尚
ジョンはジョンという名を棄てなかった
余談になるが男はその後
倫理の教師になった
GAGとしても二流だと思う
喧嘩や女を口説く時に
珍しく少しだけユーモアと凄みのある名前は大変便利なのだった
俺はミケだ
とか
オイラはタマ
とかよりは
俺か?
俺はジョンだ
犬みたいだと?
試してみるか?
犬より強いぜ?
と静かに囁いた方が
喧嘩も女も上手くいった
アスファルトに生きて
星の数ほどの抗争を戦い
数え切れないほどの命を殺めて
ジョンは王になった
名古屋を治め
愛知を率いて
東海を統べた
今では犬でさえ
ジョンに頭を下げて通る
高級マンションに住む鍛え抜かれたドーベルマンでさえ
当然
犬のテリトリーサミットにも顧問として招かれるし
本州全域で犬猫間の交尾を固く禁じるこの法を破る者は之を殺すという歴史的な触れ書きを出したのは
ジョンだ
静岡から琵琶湖の南端までの犬猫の情報はすべてジョンの耳を通る
後世
歴史的に見ても
世界的に見ても
ジョンは史上最大の猫の王と呼ばれた
だが
このクラスの中規模なテリトリーを有するボス猫なら北米や暗黒大陸にも
ままいる
では何故ジョンが絶対君主たり得たか?
それは彼の多くの息子や娘たちが
カナダからニュージーランドまで
香港からイスラエルまで
ブラジル
フランス
北京
エジプト
インド
ミャンマー
ほぼ地球の全土に渡って
彼の強靭な遺伝子を引き継ぎ
覇権を握ったからだ
ある者はジョン・ジュニアと名乗り
ある者はリタ・J・スカーレットと名乗り
キング・ジャン
ユエハン・ジャック
ゴースト・ヨハネ
城王
ジョバンニ・マカオ
多くの者が王となり
各地に君臨した
非常に興味深い話だ
では何故そんな事が起こり得たのか?
それはジョンの根城
愛知という場所にポイントがあって
彼が築いたハレムの場所と関係がある
そう
彼は
日々世界中に出荷されてゆく世界ナンバーワンの自動車製造ラインの中で雌を抱いていたのだ
自動車工場の中にハレムを築き上げ
英雄色を好むのそのままに
自らの種を
ラジエターや
フロントリアシートや
バンパーや
エンジンマウントに
蒔いたのだ
勿論
世界進出の意図などはなく
ただ
あたたかい場所をねぐらにした結果の話だが
ロシア
チャイナ
ノースアメリカ
アルゼンチン
台湾
UAE
彼の遺伝子を継いだ
ジョン・ナニガシたちは
ミウミウと鳴きながら
世界に向けて
射精され
輸出されていった
不思議なのは人間どもで
なぜ奴らがあの時代
見えている筈の仔猫を黙認して出荷を続けたのか
さっぱりわからないが
見えているものを信じない
自分の頭で考える事が出来ない
事なかれ主義の
馬鹿な特性が
正に人間の特性が
それを可能にしたのだろう
ともあれ今夜はワルプルギスの夜で
誰も彼もが正義や道徳を忘れて
食い
踊り
交わり
奪い
奪われて
笑い
叫び
飲み干す夜だ
すべての猫たちのための夜だ
その猫の名前は