桜便箋
嘉野千尋

  
今も変わらずに花の名である人へ



  きっと気紛れに入れたのでしょう
  桜の花びらが
  はらりと、
  不意に零れ落ちたので
  もうどうしようもなく立ち尽くしてしまいました
  

  右上がり、
  癖のある文字
  わずかな乱れもなく
  淡々と、
  季節の挨拶の後には
  別れの言葉が並び
  結びに、桜が咲いたと、
  後になって思い出したかのように
  脈絡もなく一言、付け加えられて


  黒インクのわずかな滲み、
  そこに言葉以外の言葉を探すわたしの姿を
  きっとあのひとは知らないのです
  吉野の桜は終わってしまいました
  わたしの春は通り過ぎてしまったのに
  零れ落ちた花びらは、色褪せることなく


 
桜が咲いたなら、伝えてください
同じ色の便箋で
約束をしましょう
春が来るまでの、楽しみのために






自由詩 桜便箋 Copyright 嘉野千尋 2005-02-25 23:04:22
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