ナ・ツ・メ・ロ
ホロウ・シカエルボク




浅いところで手を浸して
つめたいと言って笑った
いまごろにしてはすこし寒い
土曜日の午後のことだった
アイスクリームなんか食べたい気分じゃなかったけれど
きみが頑として譲らなかったから
しかたなく甘い思いをした
水平線はぼんやりとして
ぼくの気分のようだった
海辺の歌をぼくが歌って
高いところできみが重ねた
造船所のクレーンが
指揮者のように少し揺れて
ぼくらは顔を見あわせて笑った

その夏のヒット・ソングは
去年の歌の真似ばかりで
新しいチャートが流れるたびにぼくらは顔をしかめていた
とつぜん空が曇りはじめて
潰れた海の家に急いだ
軒下に潜り込んだとたんに降り始めて
「夕立に勝った」とぼくらはハイタッチした
カチンときた空がそれからしばらくの間
うんざりするほどの雨を降らせつづけた
うんざりしたところでぼくらは「まいった」「まいった」と叫んで
それでようやく許してもらえた
ちょっとでも機嫌を損ねたらまた降りだしそうな気がして
JRの駅まで全速力だった
自分の降りる駅に着くまで
きみはずっと眠っていた

嬉しさも悲しさも
勢いづいていた遠い夏の日が
あの日の雨のように急にとなりに寄り添って戸惑っている
あの日の海の家は数年前に壊されて
三流のアメリカン・グラフティみたいなカフェになった
ぼくがそれを見つけたとき最初に思ったことは
「もうこの海で雨宿りはできない」なんてことだった


馬鹿みたいにびしょ濡れになりながら
ぼくは駅を目指すにちがいないと



自由詩 ナ・ツ・メ・ロ Copyright ホロウ・シカエルボク 2016-05-18 01:11:53
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