四十三音
サダアイカ (aika)


嵐の日には
換気扇からも
外が侵入してくるので
それがひとりきりの夜であれば
尚更雨が風にかきまわされて
音になってすぐ
そばまでせまってきて
寝そべった体は
あっと言う間に船にのって

ひとりきりの船で考えるのは
ありきたりだが陸に居る恋人のことばかりで
心細さの罪をなすりつけてみては後悔をする
この船 丈夫な幌には音の雨だけが降ってくるから
体が濡れて冷えることはないが
どこかしこに雨の音が漏れて
雨音が雨漏りするどこかしこに
たちまち大切な手紙を書くための便せんの
ような内側を音をたてて叩き
じりじりと一つ一つ染み込みだして
台無しにするから
私は私の恋人が昔すきだった女の人の名前ばかり
便せんに書き取らなくてはならなくて
それは雨漏りの受け皿を並べる行為のように
際限なく続き受け皿に音の雨が
打ちつける音が
恋人の声が
私の恋人の声で
音の雨は女の人の名前になって
何度も何度も聞こえるのは恋人の声で
私はますます必死に二文字の名前を
懸命に書き取って
私の便せんがどんどん濡れて冷たくなって
ならべられた二文字がならんだ便せんがならんだ
恋人のくりかえされる声がならべられた二文字に
愛してるが混じり始めて
私は二文字を便せんに書きとっては
とっくにひらがなのその二文字の形がわからなくなっては
恋人の声がくりかえされる中
ぺんを持つ指が熱く硬くなって
便せんが足りなくなりそうで
書いた文字がぎっしりぎっしりとつまり
恋人の呼ぶ並べられた二文字で
私は手遅れだとあきらめはじめているのに
音の雨をすくいとるように
私はどうすることも
できなくなっているのに
二文字を書きとるぺん
止めるわけにもいかなくて
恋人の声に両耳をふさぐことできなくて
恋人の声が発する二文字が
愛しているでいっぱいに
いっぱいになってゆく
恋人が私の恋人が

人の声がする
恋人は私ではない
もう二文字を書きとる意味などないのに
散らばった便せん私は
どんどん沈んでゆく

私は四十五音の中に生きたかっただけなのに




自由詩 四十三音 Copyright サダアイカ (aika) 2003-11-12 16:32:29
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