指先の森
あおい満月

指先で、
するすると水面を辿っていく。
水面は指先の森だ。
いくつもの指が、
滑った痕がある。
指紋が重なって枝になる。
いくつもの記憶の羅列が連なり、
あたらしいいのちをつくる。

指先の森に、
まだ真新しい顔が映る。
赤い艶やかな果実をふるわせた、
誰かのくちびるだ。
いくつもの顔が映りこんでは出ていった
森はどこにでも存在した。
たとえばこの右手が持っている匙の底でさえ。

森は、
映りこんだものしか描けない。
そのブラウスの奧にひそむ、
ひみつの丘はそのままに。
指先は想像する。
滑り込んだ記憶の迷路に咲く花は、
どんな香りがして、
蜜はどんな味なのか。
夜がくる。
水面に映る指先の森は、
静かに目を覚ます。



自由詩 指先の森 Copyright あおい満月 2016-05-13 20:40:02
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