春陰茎
ただのみきや

二匹のマルチーズと男が一人
春の錯覚を辿りやって来る
姿はゆらぐが後ろめたい足跡は一切なく
コンビニ袋のなかに桂馬を隠している
策士だが出世はできない
文脈の中に時は在って無いようなもの
ではなく無いものが在るもののように振舞っている
タクシーの運転手が車を止めて煙草を吸う
スズメたちの受動喫煙しろい風
辺りの音は切れ切れで遠慮深い隣人は隠れている
マルチーズの鼻が伸びる
小旗を揺らすほどの風にさらわれる煙は
命が連れ去られるのに似ていた
犬の紐に引かれ男の腕は浮遊する
歪まない鏡と真っすぐな言葉
曲がって見えるのは相手のせいだと譲らない
蛇のようにとぐろを巻く偉大な知性の前では
飴細工のように鋼鉄だって自在に曲げられる
甘い曖昧が美味いと言うと
アパートの二階の窓から否定が降って来た
こどものパンツでは隠せない真実が
ドアを開けてこちらにズンズン来る
言い訳は単純だった
存在の形体は現象として時間にゆらぎ
消費されて往く
カーキ色のジャケットから運命の欠片を取り出して
男は
熟語の多さにうんざりする
昔読んだ本は女だったいつも
戻ろうとしていた
解凍された公園で過去の自分に成り切る
わけではなく
過去に憑依されるのだ
また一つ朦朧と女が来る
公園を真っすぐに横切って
ひとつの移動物体へひとつの移動物体がぶつかる
瞬間に腹芸が生かされる
迎撃する 桂馬の一刺し
タクシーは燃え尽きてもういない
マルチーズが吠える月もない四月
十匹のチワワを連れた老人がアスファルトに流される
紀元前バベルの塔の下敷きになった
他人だけが世界を造る
そうして楽園が人の数だけ生まれる
ヒップホップが歩いて来ると
政党宣伝カーに合わせて踊り出した
苦い火花がとかげのように素早く
暗い人の性に華を添える
見ていた双眼鏡で
鳥を見たくて鳥は見えず人ばかりが
姿もなく文字ばかりが
もういない男
春は瞬く間に切り取った
現象は煙
存在は灰
言葉は女のクスクスに紛れて路に散乱した
珈琲の香りが歩いている
学生たちを倒すボウリングの玉の重さ
縫うように生きているが
いつまでもそうはいられない
珈琲が脳に咲く
――おはよう 
踏みつぶされたワラジムシ
見慣れた誰かが肩を掴んだ
つつじがたわわに見られている



            《春陰茎:2016年4月20日》











自由詩 春陰茎 Copyright ただのみきや 2016-04-20 20:25:44
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