春死なん
レタス

温かな陽射しを浴びて
細い腕の静脈が
緑色の葉脈となってしまったのは何時のことだろう
そう
苦しみのない世界に来てしまったのだ
父が死に
母が死に
弟が死に
妹が死に
失うものはすでに無くなった

静けさの中で
ぼくは沈黙を守り
温かい陽射しを浴びながら
味噌汁と飯を飲み込み
明日へと命をつないでいる

苦しみのない世界は
ぬるま湯のように貧血の身体を温め
細くなった命を繋いでいる
何時とも知れない命を大切に
大地から養分を吸い取り
今日を生きる

はなびらは今年も頬をかすめ
肩を抱いた
涙を流し終えたぼくは
ひっそりと
桜の咲く路を歩く

妻の作った出汁巻きとおにぎりが美味い
喪った者たちに
どのように言い訳をしたら良いのか
わからないでいる
最初に死ぬはずだったぼくは今でも春を迎え
桜花を浴びる
川沿いの細い路を歩き
できることなら
望月の花埋みに横たえ
命終を迎えたい

満月のもとで


自由詩 春死なん Copyright レタス 2016-04-10 05:07:31
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