主夫
一筆
僕が君の恋人でなくなって
君からおとうさんと呼ばれるようになってもうどれぐらいたつだろうか
人並みに恋をして結婚した僕たちは
人並みに親になって家庭というものを築いている
僕は君を昔のように呼び捨てにしなくなった
名前に〜さんをつけるのを君は嫌がったけど
おいとかねえとかそんな記号で君を呼びたくなかったからだ
君は昔より少しふっくらしてあまり化粧もしなくなって
おしゃれにもうるさくはなくなった
もう若くはないのよと君は少し寂しそうに言う
でも僕はそのままの君がずっと好きだ
街に出れば若い可愛い娘はいくらでもいるけれど
僕の帰りを家で待っていてくれるのは君だけだ
君が年をとるのと同じように僕も少しずつ年をとってゆく
認めたくはないが髪も薄くなるし腹も出てくる
それでも君は僕に毎日微笑んでいてくれる
若い頃、何も知らなかった頃
こんな平凡な生活だけは絶対に送るはずがないと
何の根拠もなくそう信じていた
世間でいうごくあたりまえの生活を送ることが
じつはどんなにもろく危うい日常を切り取っているか
そのささやかな生活を守り抜くために生きることが
どれほど愛おしく思えることなのかも知らなかった
君がいてくれるからこそ僕はまだここにいられる