あてのないまなざし
ホロウ・シカエルボク







忘れた?
それとも覚えている?
あちこちで跳躍する囁きは
たったひとつのおぞましい現実を
僕らの前に突きつける
朝もやの中
最初の電車が走り抜ける瞬間を狙って
血を吹き上げよう
ごみ捨て場のそばの僕ら


獣の牙
四方八方から
身体は穴だらけ
咽喉は悲鳴だらけ
思えば
どんなに美しい朝も
こんなふうにぼやけて
よどんでいたよね


「危ないから近寄るな」
そんな意味のサイレンが
大音量でこだましている
そんな大仰な警告なんて
もう夜は明けたのに
あたりは
火炙りのように明るいのに


どんなに頑張っても
叫びはふたつだろう
僕らの咽喉は
それ以上にはなれないだろう
路面の古いセメントに残された染みは
まるで
遠い昔こんな風に死んだ誰かの血痕のようだね


あるいは僕たちは
ゴールをプログラムされていない
シミュレーションゲームのようだった
いくつもの分岐点を疾走しながら
どこに行くのかなんて一度も考えなかった
行き過ぎてきた場所の記憶に
いつでも
誰かが大声で泣いてるような風が吹いてた


心に
感情に名前を付けることを
詩だと言う愚か者がたくさん居て
いつしか縫い針で口を縫い付けた
周囲の組織が壊死するぐらいに
強く
強く強く強く
言葉に出来ることになんて
元からどんな意味もない
言葉にならないところで
強靭な槍を見つけなければ


走り過ぎた始発の車輪が
戯れる亡者の裾を絡めていく
そいつらが擦り切れてぶちまける臓腑にまみれて
僕らは
同じ映画の同じ場面がいつまでも流れ続ける
シアターの廃墟の白昼夢を見ている


夜明けの向こうに
いつか
焼けるような夏が来る
そのことが腹立たしくて
なぜか無性に腹立たしくて
高速の高架下でアイスクリーム頬張りながら
友達の死を願ったあの午後のように


「列車は行ってしまった」
そんな歌があったよね
メロディに隠れてるもののことが
あの頃は判らなかった
すべてがありのまま並べられるわけじゃない
当たり前のことだったのに
見えるものにばかり頼り過ぎて


レールの摩擦熱が
色を無くした太陽とリンクする
三月には不似合いなほどの熱を感じながら
ただ
次の車両が通り過ぎるのを待っていた
乗り込みもしないのに待っていた
飛び込みもしないのに


なんの繋がりもない
そんなものを待つことは
この世で一番哀しいことに思える
だけど
からくり人形のように
ぼんやりした僕らは
そんなことぐらいしか
出来ることがなくて
なにか言葉を交わした気もする
たしかひとことふたこと
だけど
全部夢だったと言われればそんな気もする
始めっから会話なんてなかった
そう考えると
それが一番自然な在りかたのような気がして


昔泳ぎに行った河で見つけた
小学校三年生の男の子の水死体
白い紙に点をひとつ打っただけみたいな
河原に突っ立ってたあの子の母親
何度だってそんなことはあったのだろう
運命は果てしなく
構造は釈然としない
幸福も不幸も不公平で
ルーレットが回るようにある日突然白羽の矢が立つ


僕らが次に見つめる電車は
どんな記憶を連れてくるだろう
一つ手前の隣町の踏切は
今頃遮断機を下しているだろうか
凍える捨て犬のように僕らは寄り添いながら
いつか鳴り響くだろう警笛のことを考えている
思えばいつだってそうだった
いつだって
それはやって来た



ちぇっ
もう三月だなんて











自由詩 あてのないまなざし Copyright ホロウ・シカエルボク 2016-03-04 18:36:49
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