◎セキレイの行方
由木名緒美

虹色のセキレイが飛ぶのは
深夜だけと決まっている
この街は朝が早過ぎて
人々は象形文字を象るように雑踏を行き交い
必要があれば空を見上げる
雨垂れが首筋を打ったとか
紫外線予防にぬかりはなかったかとか
彼等の体内にオーロラは揺蕩っているのに
ほとんどの人はその存在自体が冗談であるかのように
鼻で笑うのだった

虹色のセキレイがいないかと
深夜のコーヒーハウスの窓から
暗い夜を見上げる
熱いマグから立ち昇る湯気が
一瞬の変化の後、ナスカの地上絵を象り静止した
三秒・・・五秒・・・
尾の長いその鳥は完璧な翼を保っていて
今にも鋭く泣き声を上げそうな威風がある
写メを撮ろうか─
携帯に目を落とした瞬間、地上絵は跡形もなく消えていた

見つめることと
所有することの違いは
もたらされるもの、
捨てることが出来るものとの違いなのかもしれない

もし虹色のセキレイを見たければ
私は両目を閉じて待たなければならない
深夜の森の切株に座り、
コートの裾をしっかりと合わせて乳白色の溜息を吐く
森は深い霧に覆われ、白い溜息と溶け合っていく
それに呼応するかのように、どこかから鋭い鳴き声が聴こえ
木々の合間から虹の粉が降り注ぐ

やがて霧は虹色のオーロラのように周囲を揺蕩い
矢のような小禽類がベールの合間を極彩色に飛び回る
今夜の彼女は機嫌が良いようだ
私は体内を巡る血液が透明な七色に沸き踊る感触に身を委ねる
その一色をさらい、頬に染めて明日を迎えよう
あの人は気付いてくれるだろうか?

「指の先を少し齧ってね、血の玉をつくるの。それを頬に滑らせると血色が自然に見えるんだって」
彼は信じてくれるだろうか?
嘘は言ってない筈

人間の体内にはオーロラが揺蕩っている
それはそれは美しい色で
人々が逝く時 静かに静かに
北極の空へと還ってゆくそうです




自由詩 ◎セキレイの行方 Copyright 由木名緒美 2016-02-26 04:25:24
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