ファントムペイン
ただのみきや

見つけられないものを探している
とっくに失くした何かを
例えば棚で眠っている本に挟まって
頭を覗かせる封筒
歳月に黄ばみ
だが秘められた部分は青白く
ほのかに
呼吸して
机の上で宛名を綴る
固い音
息を殺して
ペン先を凝視する人の
少し 猫背の姿勢
今でも目に浮かぶようで
出会いがしらの事故みたいに
水や氷で薄めていない
過去との邂逅を求めている


行く末に楽しみも喜びも描けず
ある日ひとりでに
霊の緒が透けて 
ほどけるように
すべては目覚めの夢の如く
そんな日を待っているのか
老いという箪笥に仕舞い込むには早い
ふとした仕草に青春の面影を残す人
人には見せたくない写真のように
こころを隠棲させて
その二つの奥深い瑪瑙 円い鏡を
あれこれ楽し気に世界は滑って往くが
壊れたスイッチ
扉を開けることもなく
内窓から冬枯れの庭を眺めては
花盛りの面持ちを辿ってばかり


鮮やかな記憶の記憶そして
その記憶の記憶
複写され続け劣化した
印象だけが輪郭もなく
忘却の砂丘へ沈んで往く
雲の向こうの月のように
汚れ果て擦り切れたぬいぐるみの
感触だけが手放せない


そうして忘れ果てたころ
夢の中でばったりと
全くの偶然のように出会うのだが
伝えることも繋ぎ止めることも出来ず
エスカレーターみたいに交差して
別の物語へと乗り込んで往く
儘ならなさに沸き返り――
やがて空ろ
瞼から
差し込む
現の光の
痛々しさに
果たされない約束が灰になる
胸を詰まらせ
追いかけることもできず
朝は砂時計のように零れ落ちる
生活は流砂の中で足掻くのに似て
ふり返る度に薄くなり
悲しみだけがしこりとなって


希望とマジックで書かれた
ダンボールの空き箱が
冷たい風に飛ばされて往く


記憶は蒸発するのではなく
こころ深く浸透し 
ひとつとなり
精神を育む
過去が今を造り私たちの中に過去は生き続け――
未来もまた
ここに在る
リンゴの中に種があり
種から木が育ち
木がリンゴを実らせるのなら
種の中のリンゴの味わい
リンゴの中の木を見上げて
木の中の種を数えてもみよう
ひとつらなりの時間の中の
物語を読み進み また
ページを戻して読み直すように
あのころ読んだ物語が
全く新しい理解と解釈を宿し
蕾のように膨らんで往く


そうしてまたいつか
夢でしか行けないカフェの奥
面影は 腰を掛け
白い表紙の本を開いては
ふっ と顔を上げ
――ああ 同じように老けて
別人のよう なのに
懐かしさがいっぱいに溶け出してくる
もはや自分の一部分として


なにもない花壇
もの言わぬ土塊
知覚されない深い場所で
柔らかく
艶やかに
息づくものがある
やがて叩く音が大きくなるにつれて
心は震え出す
扉を開けずにはいられないほどに


――不意に痛みが訪れる
顔のないファントムペイン
それは見えない約束の指輪
過去を受け入れて
未来を生むために
鈍い重りを抱いて生きる
風に飛ばされないように




                 《ファントムペイン:2016年2月19日》










自由詩 ファントムペイン Copyright ただのみきや 2016-02-20 17:52:20縦
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