さよならなんて云えないよ
草野春心
物陰にひそんでいる、一頭の
動きののろい獣をみつめるみたいに
流れているのだろうか、ぼくにとって
あの時間もこの時間もどの時間も?
不揃いの靴たちの
せつない臭いは悪ふざけ
嗄れたレインコートを棚において
それでもあなたは閾をまたいで
この部屋へ入ってこないで
どこか遠くでしらないうちに
降っていた薄気味悪い雨にぬれ
あなたはそこに立ち尽くしていて
話をはじめないで 硝子戸のそばで
写真立の前で 瓶差しの花のうしろで
ぼくにむかって うつくしくわらって
さよならなんて云わないで