追憶
ヒヤシンス


 ワタシハココニイルヨ。
 
 明け方にピアノの純音は吐息を白く染める。
 真冬のキャンバスに描かれた森の中で、
 幼い少女が光の帯に包まれている。
 誰かに見つけてほしいのだ。

 ワタシハココニイルヨ。

 ピアノの清らかな響きが心の琴線に触れる。
 白紙の原稿用紙に透明な文字を追うと、
 懐かしい物語が今新たに生まれる。
 誰かに気付いてほしいのだ。

 ワタシガミエルノ?

 母親に手をひかれた幼い少女が雨に打たれている。
 車のフロントガラス越しに浮かぶその光景に心が痛む。
 今でも時々夢に見る、追憶の日。
 去っていった私の子供。

 ワタシノコトスキ?

 忘れるものか。
 愛してる。
 愛してる。
 愛してる。

 サヨウナラ。

 さようなら。二人で行った数々の場所よ。
 お寺の境内。パンジーの咲く庭。海辺の町よ。
 
 明け方のピアノが呼び覚ました記憶。
 美しく愛しき日々よ。さようなら。
 


自由詩 追憶 Copyright ヒヤシンス 2016-02-13 05:38:10
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